ソロ・パブリッシュ

エア充。

時間「で」考えるのをやめるコツ

2017.8.17(木)

昨日の記事のつづきです。

魂宇宙として居る(居る=見る=行う:プロセッシング。これでZPFが垂直に通っている)
って、人の話を聞いたり読んだりすれば「へーそんなもん」と理解できるけど、
実際なにをどーすりゃいいのかわかんねー、
ZPFアクティベートも「素振りの練習」みたいでめんどくせー、って人のために、
コツをお伝えしておきます。
つってもあくまでもコツ、方便であって、地図やナビみたいなものであって、
道そのものじゃないからね。

ZPFとか、ZPFの表現体であるソウルコスモスって、
天体画像とか天界イラストとかのイメージから想像するとX億光年とか、
ばかでっかい感じがしますけど、じつは逆で、
空間的に喩えるとすると、むしろとてつもなく小さいんです。
最大は4次元ベースの3次元世界だから。
無数の場が順序をもってファイル化(記憶化)して残響、残像ができて・・・と、
ぶわっと伸張するのが4~3Dですから。

で、胸部の中心の奥に、ごく小さな、米粒よりもっと小さな点があるのをイメージします。
針の先くらいの、ブラックホールっぽい点。
これが魂のシード(のイメージ)です。
ここが重心であり、支点です。


これを軽いタッチで意識すると、
時間思考のデリートとか明け渡しとか、
観察ができていようがいまいが、全部オートでイケます。
なので、ふとしたおりに、
あるいは「そうだ」と思い出したときに、
パッパッ、と、この点を意識すればいいわけよ。何かのついでみたいな感じで。

「ほんとは基礎がきちんとできてる人のためのショートカットだけど、
このご時勢だから公開していいわ」とソファイア@シリウスに言われました。
奥義をキワめて納得したい人、スピリチュアルマッスル鍛えてスピリチュアルマッチョになりたい人は、
サジタリウスエースター虚空蔵院・メタフィジクス特訓道場へどうぞw
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  1. 2017/08/17(木) 14:49:47|
  2. 次元上昇
  3. | トラックバック:0

時間「で」考えるのをやめた世界

2017.8.16(水)

前にも書きましたが、直線状にせよ円環状にせよ、方向をもって生→熟→滅と
移行していく線形時間は思考です。
実際に起きていることは、“私”という統覚意識(当事者意識、主人公意識)が
何らかの場面にいるだけ。
見えない帯域を含めていうと、ソウルコスモス(魂宇宙)がどこかの場に焦点を
絞っていて、その場は3、4、5、6・・・次元と層になって重なっている。
この場は、物理界では形になりきって終わっているので、線形時間思考という
プログラムを使うと、直近過去(現在完了)として映る。
そして人間意識体の場合、物質を直接感知できないので、物理界はエーテル帯域に
映しだされた物理像である。
壁が球面状に広がるスクリーンのどこかを、体性感覚つきのスコープで見ている
ようなものです。
順序や速度やサイクルや生滅などの法則性を用意し、付与し、
スコープがとらえる場面を線形ファイル化する(記憶する)のは思考です。

食器を洗っている。これはどんな動作の最中だろうと、単なる場面です。
しかし食器を洗いながらシンクの掃除のことをイメージしはじめるとすれば、
このイメージは思考です。
「この時刻、毎日食器を洗っているな。明日も明後日もそうするんだろうな」
といったイメージがちらっとでも浮かぶとすれば、これも思考です。
ネットで電車の発着時刻を調べているのは、どんな動作の最中でも、単なる場面です。
でも、表示された時刻を見て、「着替えと出張セット一式、枕元に置いとこう」
等々のことをイメージしだしたら、これは思考です。
ここからグレーな気分の周波数に滑落して、「もーヤダ。この仕事辞めてー!」と
いう魂の叫びが起きたら、叫んでいるのは魂じゃなく思考です。

こういうふうに、現在完了場面にいながら、どこかの4次元想像図のほうに触手を
伸ばしたり、想像図から想像図へと彷徨い出たとき、
「あ、時間で考えてるわ」「変なアストラル小旅行に出てる」と気づくと、
4次元想像図はオートデリートされます。
実際には、食器を洗いながらシンクの掃除のことを思い浮かべたりしなくても、
掃除すべきときには掃除しているでしょうし、
電車の時刻を調べている最中に翌日の始動のことを思ったりしなくても、
寝る前などに準備行動は起きるでしょう。
つまり、ここで4次元想像図をオートデリートし、線形時間思考から降りても、
全然支障はないわけです。
4次元想像図をめぐるというのは、はっきりと余計なアストラルパフォーマンス
といっていいでしょう。

8月に入ったあたりから、私がなんとなく注視しているのは、
そういう半意識的にやっているようなミニマムな行為に忍び寄りがちな
線形時間思考なのですが、
これに気づいて、4次元想像図がオートデリートされると、
ストレスが一瞬で四散する感じで、すごくすっきりし、リラックスする。
PC動作がさくさく進む、あの感じ。というか、
オートデリートが起きてはじめて、自分がいかにすっきりしておらず、
リラックスしていなかったかわかる。

気づく → 4次元想像図のオートデリート → 線形時間がはずれる

このプロセスと、すっきり感、リラックス感は、何かに似ている。と思ったら、
瞑想に入りたてのときに思考をひゅんひゅん通過させていく、
あの感じに似ているんですね。
ということはよ、いついかなるときもソウルコスモス、魂として居る、
時間も無ければ、線形時間上の「今」さえない、って、
何か深ーい神仙境じゃなくちゃいけないみたいな、大仰なことじゃなく、
この域でいい、この水準でOKってことです。

物理界の何らかの場面に“私”ごと居て、何かをしていたり、何らかの状態にある、
そのときこの水準であれば、
ちゃんとZPF(ゼロポイントフィールド)が通っているし、
多次元意識体として、さまざまな次元の層(意識の層)が整っている。

思考のひゅんひゅん通過はデムパ界では一般的に「観察」と言われています。
わかってる人にはおわかりになるでしょうが、
これは注意を対象に集中してじっと観察するという一般的なそれではなくて、
もっと軽いタッチで対象を認めていくということです。
ぱっと何かを思ったら、「あ、これね」「なるほど」みたいな、
人の話に相づちを打つくらいのタッチで気づいてあげる。と、通過していく。

言葉のうえで理解していても、無意識、半意識でずるずるっと時間思考に
入りがちなのは、やや深いところで、
①行動強迫(先を予測しておきたい、to doリストがないと不安)
②退屈(①が習慣化していて、思考の空白に耐えられない)
という<人類>の共有フレームからくる縛りがあるためです。
この縛り自体が線形時間思考にもとづいているので、
大枠の線形時間思考が具体的な諸場面を機に線形時間思考を繰り出すという
めんどくさいことになってるんですが、
具体的な諸場面で起きる時間思考に気づいて、デリートする、
これを反復していると、おおもとの縛りのほうも解けてきます。

で、反復しているうちに、あるときふっと、はじめて自転車に乗れた的な瞬間がきて、
ストレス四散、すっきりを超える状態がくるんです。
一瞬で、時間思考にともなう重さ、暗さ、停滞、閉塞から解放され、
同時に、ふわっと、大きな委ねる感、明け渡しの感じがやってくる。
瞑想時に、思考ひゅんひゅんがフェイドアウトして、
いつのまにか“あれ”がやってくるときの、あの感じですよ。
もちろんそうなっても、そのとき食器を洗っていれば、手が止まって幽体離脱、
などということにはならず、作業はつづきます。
ただ時間思考とともにあらゆる思考が消えてるだけ。

午前中にそういうことが起きても、午後には線形時間思考にハマって、
きりきりと前倒しで鬼働きするとか、後ろ倒しの用事の嵐に圧倒されるとか、
それもアリです。
でも何度か反復されて、線形時間思考のない状態に慣れていくと、
気がつくのが早くなり、時間思考の伸び幅も縮小して、
物理界は線形時間思考なしでもイケるということがわかってきます。

そうなるとですね、
例の過去世、別世、宇宙の開闢だの新しい地球だの、なんとかチルドレンだの、
なんとかカウンシル(評議会)がどうしたの、ZPFだのモナドだの、
そのテのオカルト話(私も書いてますがw)は一切合切、
いつかどこかで起きたことや、今起きていることや、これから起きることではなく、
物理界の延長では形にできない“あれ”やら“それ”やらを、
なんとか物理界の尺を使って変換、翻訳したもので、
語る人のぶんだけバージョンがあり、矛盾もあり、
けど結局“あれ”で“それ”なんだ、ということが、
リクツ抜きにフィーリングで、如実にわかります。
線形時間上に「今」がないことも(過去と直近過去と過去の延長の未来しかない、
つまりは過去しかない。前代未聞の未来も「前代」がある以上、過去の延長)、
今世や人生がないことも、説明抜きに、じかにわかります。
覚醒とか変化とかお知らせとかを「待つ」姿勢もなくなります。
  1. 2017/08/16(水) 16:15:56|
  2. 次元上昇
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パラレルな宇宙~時間「で」考えるのをやめる

2017.8.13(日)

もう時間考えるのをやめよう。

ソウルコスモス、魂宇宙、魂、どう呼んでもいいけど、
そこには時間、空間のプログラムはないし、
誕生→成長→成熟→老衰→死滅というエントロピーの向きもなければ、
かつて来たものがまた到来するという円環もない。

自分が魂という宇宙だということが自明であれば、
すべてパラレルである。
5秒前のこともパラレルだし、それどころか、
線形時空ルーラーで「今」ととらえている場面でさえ、
直近の過去(現在完了)として終わっていて、やっぱりパラレル世界である。
あなたも、私も、この「今」にはいない。
あなたも私もコスモスであり、コスモスはその「今」に張りついていないからだ。
ソナー/レシーバー(自我)の針が場面から場面へと量子跳躍しているだけ。
場面が飛べば、4次元、5次元、6次元・・・の層ごと変わる。
無形のデータモジュール(一般的にいえば記憶)ごと変わるのである。

瞑想したり、ヒーリングなどのメソッドを習得したり、セミナーに出たり、
チャネリングがはじまったり、といったようなことがあっても、
とくにこれといった変化はない、という話を、よく聞きます。
感情的に揺らがなくなったけども、これまでどおりの生活がつづいているとか。
それでアセンションだの覚醒だのといった類のことに飽きてしまうのだとすれば、
それは時間で考えていることに気づいてないからです。
「これといった変化」とか「これまでどおりの」という発想に時間が忍びこんでおり、
20XX年~現在という幅で推移を検証している。
と、過去の諸場面の記憶が、意識せずとも「量」として累積して、重たくなってしまう。
この累積が、無意識に、一瞬で、幼年期や過去世といったところまで及んで、
ずっしりカサ増しすることもあります。
(これが以前に記事にした「フィボナッチ」時間です。)

時間で考えていることに気づきましょう。
気づけば止まるから。

べろ~んと時間を開いて、その目盛りを数えて、うしろに背負った荷物がどうなるか
考えていると、
魂のグランドデザインとか、計画とか、絶対にわかりません。
魂は線形時間に則っておらず、線形時間に沿った形では開示されないからです。
建物に喩えると、基礎をつくって柱や梁を通して、というやりかたではなく、
全体の設計図すら示さないまま、いきなり中空の窓からつくりはじめる、
というようなことが平気で起こる。
線形時間思考にハマっていると、その窓の素材キタ! というタイミングに
気がつけません。
魂の計画って、一般的な意味での計画とはもはやいえないので、
私自身はあまり気にしていませんが。

空間ではなく、敢えて時間を問題にしているのは、
どうも思考は空間より時間に引きずられやすいみたいだからです。
図書館からリサイクル本として放出された『心と脳の正体に迫る』(天外伺朗×
瀬名秀明/PHP研究所)にも「人はニューヨークに移住することは想像できても、
時間を飛ぶことは想像しにくい」というようなことが書いてあったし。
ものみな衰滅に向かうというエントロピーの圧力がかかるせいでしょうか。

デムパ界のなかでも、意外と日常の時間思考に気づいておられない方が
いらっしゃいますが、それってたぶん、
過去世ではこうだった、地球に来る前はどこそこ星の銀河使節だった、
太古の文明はこうして勃興し、滅んだ、
新しい地球はこうなる、
といったお話が線形時間で翻訳され、説明され、流通しているせいもあるかと思います。
こういうお話を字句どおり受けとっていると、
べったり線形時間上で進んでいくサーガに乗っているだけになります。
輪廻とか転生とか別世とか新しい地球とかいうのは、
無形でパラレルなデータモジュールを、ローカルな時空ルール、言語、文化で
理解するための作業仮説です。
今世のこの人生という考えも作業仮説です。
「今世」も「人生」も線形時間を前提にしていますから。
もともとパラレルなデータモジュールが、ローカルなプログラムを走らせたとたん、
過去世とか別世といった時間的物語に変換される、といってもいいかもしれません。

実態は、無形のデータモジュールが、無数に、意識の幾多の層(次元)に
散りばめられていて、
そのなかにはもちろん3~4次元(現在)のデータモジュールもあって、
あちこちに飛んでONになったりOFFになったりしています。
このパラレルな広がりは、
たとえば中心がランダムに変わるバルーンのネットワークのように、
どちらかというと空間的にイメージしたほうが実態に近いかもしれません。

瞑想や催眠や夢、夢とうつつのはざまなどで変性意識に入ると、
過去世や来世や別世の光景がリアルに表出してくることがあるのは、
「それを当の時代に本当に体験しているから」ではなく(というのは本当でない
体験などないので)、
ソナー/レシーバーがおなじみの層(3~4次元)ではない意識の層に
焦点を当てているからです。
線形時間で説明するさいに「古い魂」といわれるのは、
ログインしているデータが多く、意識の多くの層(次元)にわたっていて、
その幅が広い(3~4次元にいながら高次元の層までログインできる)人です。
ほんとは高次元の層を開いていながら低いほうに降りられることのほうが
すごいんですけども。

話を見える世界のほうに戻しますが、
感情的に揺らがなくなったとか、後先の心配をしなくなったとかって、
すっごいことですよ。別人といってもいいくらい。
なのに、線形時間思考に乗っていると、その垂直上昇の偉業性がわからない。
以上、前後左右の何もないはずの空間から「書くことを推奨する」と言われて
なんとなく書いた記事ですが、
線形時間ベルトコンベアから降りるというのは、
案外、次の扉が開くキーなのかもしれません。
  1. 2017/08/13(日) 15:28:56|
  2. 次元上昇
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エジプト経由シリウス祭り

2017.8.10(木)

ビートを打つ、
と、異なる何かの触知として波ができる。これが1。
ビートのアウフタクト(手前)あるいはビートとビートの間が0。
つまりは裏(潜在系:0)か表(顕在系:1)か、
それがリズムという単位で回帰するのが数。
4なら4拍で完了性をもった単位となり、そこで完了するか、次のサイクルへ移る。

ZPF(ゼロポイントフィールド)は裏(0)であるとともに表(1)なので、
数にはならない。

数とは還元すればそれだけのことなんだけど、
いったん数として成立すると、それ自体が独自のエネルギーを放ちだし、
あらゆる角度(傾き)、速度、量と結びついて、百花繚乱なイメージの表徴となる。
つまりはどんな定義、解釈も可能なわけで。

そんなこんなから、やれ冬至だ春分だ、ライオンゲート(7月26日~8月12日、
ピークは8月8日)だなんだかんだ、
そんなバレンタインデーやハロウィンみたいなノリのデムパ業界イベントには
乗らなくてよ! と抵抗していたんですが、
ここ数年、実際それらの時期に、マトを絞ってるかのようにヘンなことが
あれこれ起きているし、
前回はスフィンクス、今回はピラミッドの画像が瞑想中に出てきちゃったので、
ある方からお誘いがあった、8月8日夜の瞑想コラボに乗らせていただきました。
なおライオンゲートが開く時期は、古代エジプトの雨季の到来を告げるシリウスの
位置と関係しているみたいです。

瞑想をはじめる直前から、いつもとちがう周波数の宇宙音が入ってきました。
私には常時、左右で周波数のちがう音が聴こえていて、
これは音程の上下やメロディーっぽい動きをともなう、
いわく言いがたいハイレゾな抽象音楽っぽい音なんですが、
これまでまったく聴いたことのない周波数の音がクリアに入ってきた。
しかも、この音をとらえていた左側の耳の上の髪の毛が、
静電気を帯びたみたいに逆立っていたんですよコワいですねえ。
知らない星キタ☆というか、銀河連盟的な複合体かもしれません。
終盤には頭頂部(クラウンチャクラ)から入ってきたエネルギーが後頭部へ
抜けていき、なぜか右方向から「見た!」という声が。
誰が、何を見たんでしょうね。

私は瞑想会みたいなのには出たことないし、
意識的にほかの方との瞑想コラボをしたこともなかったので、とても新鮮でした。
ありがとうmさん+かかわってくれた意識体存在たち。
それから一夜明けて、昨日の夜、
「メタフィジックス通信」(http://metaphysicstsushin.tokyo/)というサイトに掲載されていた
「テストで分かる! あなたはどんなエジプト神?」
とゆーテストをやってみたら、
ぬぁんとイシスになっちまったよ女神ですよ可笑しくて脊髄反射で吹いた。
あ、でもモナ・アマーリエ@アルクトゥルスならイメージが被らないこともないが、
イッコーさんとかミッツさんとかあっちサイドの人の気(け)が入りまくる。
  1. 2017/08/10(木) 14:15:30|
  2. デムパ話
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チャネリング情報と妄想のちがい(追記あり)

2017.8.6(日)

フルトランスはもちろんセミトランスにもならず、体外離脱もせず、
直にアストラル界に行ってさまざまなエンティティと面談するわけでもなく、
霊も見えなきゃオーラも見えん、
ただなんとなく、ずっと夢(=物理界)のなかにいるような気がしていて、
何をしていてもずるずる通信ぽいものが入ってくる、
これが俗にいうチャネリングというやつか、でも妄想かもしれないし、と、
揺れがちなあなた。じつは私もそうです。

地球人の管理システムが堅固な場(=時代)のもとでは、
非物理界の状況を知るには、自我の分離面の作用をうんと弱めなければ
なりませんでした(副作用として魔境に入りやすく、デムパ界標準でいうと
武道家なみのプロテクションとグラウンディングが必須だった)。
しかし管理システムの無効性、ここから抜けたければいつでも抜けられることは
徐々にバレバレとなってきており、
それに気づいた人は、ZPF(ゼロポイントフィールド)につながりやすくなっています。
ZPFとのつながりが定着すると、
自我の分離面をキープしたまま非物理界とやりとりする、
つまりシラフで通信することが可能になります。
自分がナチュラルトランスタイプであることに気がつく人はもっと増えると思われるので、
今回は、こういう人の「自分のチャネリングが信用できん」という、
あるあるについて書きます。

物理体の形をしていないけど、なんか存在してるっぽい、意識体とでも
いうしかないものとの信号のやりとりは、言葉や絵やアイデアといった形に
なることもあれば、「ん?」という感じで、信号のままのこともある。
これがチャネルする(周波数を合わせる)ということで、
誰にでも起きているのだが、気がついている人と、気がついていない人がいる。
気がついていない人は、こういうのを全部、脳の反応に還元して着信拒否しているか、
チャネリングとはこういう条件下で起きるものだ、とか、
これは暗黙知化した経験知にもとづく閃きであって、そういう怪しいものじゃない、
といった定義づけによって、通信制限をかけています。
着信拒否しても、制限をかけても、線形時間換算で何百年かかろうと、
入るものは入ってきちゃうんだけどね。

一方、チャネルしてることに気がついていても、いまいち確信がもてないというか、
いろんな記憶情報を編集してでっちあげた妄想じゃないか、と思えることもある。
私も、自分のチャネリングを近年まで「うそくせーなー」と思っていたし、
今もってその疑念が晴れ上がったわけではありません。
いつだったか、この真偽不明問題を当の存在してるっぽい存在たちにぶつけてみた
ことがあって、そしたらソフィア@シリウスから、
「妄想、空想とは、本人が“ない”と知っていて想定する場面である」
という答が返ってきました。正確に表現すると、
体性感覚、感情、思い、気分とは実感の異なる(体性感覚等を基準にすると実感強度が
微弱である)アストラル界のどこかでONになる可能性をもって潜伏している場面を、
地球人の共通フレームまたは集団フレームにもとづいて共有される合意現実に照らして
伏せたままにしておく、あるいは実現確率を著しく下げておきながら、
その場面がアストラル界のどこかにあることだけは保留しておくこと。
たとえば、
「もし宝くじに当たったら、不動産を買って家族で海外旅行に行ってそれから・・・」
「もし過去のこの時点に戻れたら、その会社に入るのはやめろと自分に忠告する」
「もし宇宙船に乗れたら、まず月の裏側を見て、それから系外惑星を探査してみたい」
「もし同僚という設定になっているこの作品のAとBが恋仲だったら・・・けけけ」
などなど、条件節をつけて想像できるようなことがこれに該当する。
妄想、空想が成立するのは、本人が合意現実の拘束力を認めているからで、
合意現実に沿いながら潜在する場面を保留しておくことには、
異分子として疎外されずに、または心のなかに疎外感を抱えずに、
好きなだけ好きな場面を見て回れるというメリットがあるという。

ソフィアの定義にしたがうと、病的な幻覚や幻聴も、本人的には妄想ではありません。
ただ病的な幻覚や幻聴は、本人の心身の健康や対人関係を損なうので、
治療やサポートが必要になります。

では、チャネリングで入ってきた信号や、それが解凍されたイメージなどは
どうなのかというと、
これが合意現実に沿っていない、むしろかけ離れている、ということはわかるが、
まさかね、ないないありえない、とは言い切れない。
つまり本人が「ないと知っていながら想定している」わけではない。
というか、どうも「ある」っぽいんだわ。
みんなが言っている“現実”にはありえない、でもあるっぽい。
あるとは言い切れない、証拠もない、けど、
ないと言い切れる < そういうことがあってもおかしくない < あるっぽい
という濃度スケールで中程度を超えるくらいにはリアリティがあるのです。
このあるっぽさというのがとても大事で、
これがあれば、そのネタは妄想じゃなくチャネリング情報です。
なので、自分のセンス、感じたことにどこまで正直か、誠実かということが、
真偽判定の勘どころ
といっていいでしょう。
 ↑
これは正統トランスタイプの人には信じられないかもしれません。
「あるっぽい」なんて、自我の欲求かもしれんではないか、と。
しかし、自我の分離面とともに融合面も開いていると、
「私、あなた、いろんな人、いろんな物、動植物に分かれている」と同時に
「みんないっしょじゃん」ということも意識されるので、
他者との比較とか自己主張とか保身といった自我の暴走が起きにくく、
ときにちょっとズレても、気がつくのも早いので、すぐ修正できます。
なので、ナチュラルトランスの人はけっこうこれでイケます。

ただし、その情報はどんな人にも当てはまるわけではないし、
ほかの人が表現したメッセージとは真逆のことを言っている場合もあります。
重なるところもあるけど、ちょっとちがうとか、だいぶちがうところもある、
となることもある。
体性感覚、感情、思い、気分を超えた帯域は、そもそも形ではないもので
動いていて、実態はエネルギーとかポテンシャルみたいなものでしかないし、
意図(自我の分離面がソナー機能を作動させて行う選択。ZPFとつながって
いれば、融合面のレシーバー機能で受けとった既決事項と一致する)の当てかたに
よって、エネルギーの向きや速度や収束率(強さ)も一変するし、
そんなもん、とても統一的に描写することなんぞできゃしません。

ではなぜ、通信信号の一部がわざわざ言葉や絵や行為などの形になるのかといえば、
非物理帯域の波のなかには形になる帯域まで収束する(降りる)指向のものもあるから、
としか言いようがありません。
本人の得心度を深めるとか、他のソウルコスモス(他者)とのシェアといったことも
あるけど、これらは理由というより効果であって、
究極、そういうふうにできている、としか言いようがない。
もちろん形にならない信号も大切で、形にならない信号への感度が鈍いと、
形になったものの背景とか間(あわい)とか休符が読めないんで、
つまらないものに感じられてしまいます。
宇宙のほとんどは形じゃないんで、こっちがむしろメインです。

8月7日(月)

結句、チャネリングって、“私”が最も広がったところから見ると
自己対話なのである。
最も広義の“私”とはZPF。もはや“私”のいない“私”。

シリウスの誰それ、アルクトゥルスのなんとか、というふうに、
存在しているっぽいものがあたかも他人のように存在しているみたいに
感じられる、
つまり自分以外のところから信号がやってくるかに感じられるのは、
自他の分離感が比較的濃く出る帯域に接地しているからなんである。

私たちは(と書いていいのかどうかわからないが少なくとも私は)、
他人や動植物や物にとり囲まれているがそれらではない、
独自の体性感覚をもつこの統覚意識を“私”と思っていて、
他人にもまたそういう“私”意識があるという前提でコミュニケーション
しているが、
そのときの“私”は最も狭くて濃ゆい“私”であって、
それだけが“私”ではないのだ。

“私”はレイヤー(層)になっている。

・・・そのことに、いま、くらくらしている。
5次元の私感は3~4次元の私感とはちがっており、
7次元の私感は5次元の私感とはちがっている。たぶん。
狭くて濃厚な“私”でもなく、ZPFでもない“私”、
各レイヤーのバーションを全部呼びだして、どーなってるのか確認したい、とても。
  1. 2017/08/06(日) 15:25:52|
  2. ナチュラルトランス
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プロフィール

みけ@猫科ホールディングス

Author:みけ@猫科ホールディングス
イタリアの美少年のような女(豹専務)
と同居してるGID
(ジェンダー・アイデンティティ・ディスオーダー)。
人間(♀)仕様だが
中身は外来種(宇宙人)らしい。
血液型:みけ&豹専務とも超B型。
リンクはご随意に。
連絡も不要です。

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『ようこそ☆ゼロポントフィールドへ』をパブーで電子出版しました(無料)。「この本を開く」ボタンをクリックするか、ファイルをダウンロードしてお読みください。

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