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ソロ・パブリッシュ

ドリーム。

「0点牧場」vol.3について

2019.2.15(金)

「スターピープルWEB」(ナチュラルスピリット)にコラムとして掲載されている拙文
「0点牧場」vol.3の記事に4箇所誤りがあり、
また修正の可否を訊ねられたさいに「元原稿のままにしてください」とお伝えした部分が
修正されていて、
その状態でアップロードされていました。
読まれた方がおかしいと気づかれることを考慮し、元の原稿をここに全文掲載いたします。
なお私は元の原稿には見出しをつけたり文字色を変えたりといった修飾はしていないので、
下記の記事にも見出し等はありません。
後日、この記事は削除いたします。


0点牧場(3) 人間は<人類>ではなく宇宙存在である

ゼロポイントフィールドを原点とする宇宙の構造を、私は次のようにとらえています。

①ゼロポイントフィールド(すべてがあり、かつ、何もない。全波動の媒質的な何か)
    ↓
②0/1(すべてがある、もしくは、何もない。認識即創造の主体視点である「私」ができる)
    ↓
③人間型宇宙/動植物型宇宙/物質波(「私」を軸とする個々の宇宙)
    ↓
①ゼロポイントフィールド(③で認識/創造された周波数が①に還る)

これらは、①>②>③と、上位のレイヤー(層)が下位のレイヤーを含み、
下に下りるほど具体的になっていって、
③で具体的なものごととして実現するポテンシャルを使い切ると①に還る、
というトーラス(円環)構造をしています。
①も②も③も全部ゼロポで、具体化するとは、ゼロポに形ができていくということです。
その具体化した形を「丸だ」「四角だ」と感じて(認識して)、丸や四角として出現させているのが、
こうした認識かつ創造の主体視点である「私」です。

さらに③の個々の宇宙は、
(1)高次帯域=微妙な感覚として感じられる
(2)マインド帯域=五感的な感覚はないが、思考や感情や気分といった中程度の感覚として感じられる
  一部の波動には(3)の音や形に対応する象徴記号(言葉や絵図など)が当てられる
(3)物理像帯域=五感や痛みなど、感覚のコントラストや質感がはっきりした濃い感覚として感じられる
というレイヤーからなっています。
「=」の左側の何々帯域というのは、ゼロポがどういう形で現れるかという、西洋哲学でいうところの
存在論的な言い表しかた、
「=」の右側の微妙な感覚、中程度の感覚、濃い感覚というのは、
認識と創造の主体視点である「私」の感じかたで表した認識論的な表現です。

③には人間型、動植物型、物質波という3つのタイプがあります。
物質波というのは、視点が分かれていないワンネスの帯域である①②からズドーン、と収束して、
スッ、とゼロポに撤収していく、
宇宙にはいろんな見かた、感じかたがあるというヴァリエーションを持たない波です。
物質になる波はこれだけなので、物質というのは1種類だけです。
人間型、動植物型の宇宙は、直に物質を体験することはできません。
氷の世界みたいに凝結してしまうからです。
なので、マインドほど拡散してはいないが物質のように固まってはいない、
喩えると水とかジェルのようなエーテル帯域に物質波を写し、
エーテル帯域まで下りて具体化した像にナマナマしい質感を与えて、
「もし、この像が物質だったら」という仮想物質世界として体験しています。これが物理像です。
つまり人間や動植物では、(3)は、
物理像=エーテル像
      ↑(変換係数を使って物質波の強烈さを希薄化してコピーする)
     物質波
という構造をとります。
変換係数とは、エーテル帯域にある物理像の設計要素のひとつで、物質波のコピー濃度を決めます。
物理像で感じられ、マインドで「地球」と名づけている惑星像は、特定の変換係数で特定の濃度に
弱められた物質波のことで、私はこれを地球物理場と呼んでいます。
人間や動植物が体験している3次元は、仮想3次元というギリ4次元で、
人間や動植物は、具体化の最終形態でも4次元存在、エーテル存在です。
元素や鉱物がそれぞれ異なる性質を持つのは、
人間や動植物がエーテル像に変えてとらえているからです。
物質波の側から見ると、人間型や動植物型の宇宙に活用してもらうことで個性化を体験している
といえます。

では人間型と動植物型のちがいは何かというと、
人間型宇宙では、「私」という認識/創造の主体視点がギリ4次元の物理像帯域まで通っていて、
個々の「私」がそれぞれ別の物理像を体験している、
つまり(1)高次帯域から(3)物理像帯域まで個々の「私」により(個々人により)異なるのですが、
動植物型宇宙では、「私」がマインド帯域までしか下りておらず、
物理像帯域の周波数をマインド帯域の「私」でまとめて体験している、という点です。
人間の物理像では分かれているように見え、分かれていると感じられる動植物の個体は、
それぞれがセル(細胞)であって、
セルからフィードバックされる周波数を、マインドの「私」が総合して認識/創造しています。
これは脳(動植物の「私」)と器官(動植物の個体)のような関係に喩えられます。
たとえば猫なら猫の「私」という中枢がマインド帯域にあって、
個々のセルから得られる情報を中枢でまとめている、
そういうグループ意識的な存在とみていいかと思います。
ただ、そのグループが人間の区別している種と合致するかどうかはわかりません。

サイキッカーのなかには、動植物の考えや感情がわかるという方がいらっしゃいますが、
たとえば、ある猫の気持ちをリーディングして、
「何々ちゃんは、飼い主さんと離れていて、とても心細かったと言っています」
というようなことがわかった場合、
それは何々ちゃんを通した猫神様(中枢)の声を多少人間寄りに翻訳したものです。
猫神様は、個々のセルがセルの範囲で体験していることを、まるっとお見通しです。
動植物は、たとえ飲食に供する野菜等であっても、リスペクトしましょう。
レタスもニンジンも、個々のセルの体験をまるっとお見通しです・・・。

猫神様は、猫グループのハイヤーセルフです。
ハイヤーセルフは、高次帯域とワンネス帯域の②(0/1帯域)との接点です。
厳密には、この接点はハイエストセルフとかモナドと呼ばれ、
高次帯域から高次帯域とマインド帯域との接点までの「私」軸をハイヤーセルフというのですが、
めんどくさいから全部ハイヤーセルフでいいでしょう。
というか、物理像だろうとマインドだろうと、「私」はその帯域を感じて出現させる軸なわけで、
ほんとはハイヤーもロウアーもなく単にセルフなんですけどね。

人間の場合、人間グループすなわち人類のハイヤーセルフというのはありません。
民族とかの文化集団のハイヤーセルフもありません。
個々の人間にそれぞれに軸となるハイヤーセルフがある。
これは、②のワンネスのセルフが数多の角度になり、
そのうちの特定の角度から認識/創造する主体視点であるハイヤーセルフが物理像帯域まで下りていて、
濃い五感的感覚を感じている、
そのなかで「内部」という概念を設定できる感覚(味覚、嚥下感、痛みなど)や、
「内部」と内部でない側(外部)の境界線という概念を設定できる感覚(皮膚にかかわる感覚など)を、
マインドで「自分の身体」というフォルダに入れてまとめている、
そういうタイプの個体宇宙であり、
そういうタイプの個体宇宙が何十億も地球物理場と接続している、ということです。
ざっくり平たく言うと、身体の数だけハイヤーセルフがいて、宇宙があるということ。
なので、人間は動植物型宇宙存在ではない、つまり<人類>じゃないんです。
個々の人間は<人類>のセルではなく、コスモスです。

人間が類的存在ではなく、それぞれ異なる「私」を軸とする、それぞれ異なる宇宙だとすると、
③内の(1)~(3)の様相もそれぞれ異なっているわけで、
人によって言ってることがちがったり、ヒーリングなどの技法がちがったり、
ある人には効果のあったメソッドがほかの人には効果がなかったりしても、
べつにおかしくありません。
それは人によって個々の宇宙によって、感じていることがちがうからであり、
感じていることがちがえば、出現することもちがってきます。
そもそもこの記事自体、筆者バージョンのメタフィジクスですし。
誰かの話、たとえば私の記事が役に立つことがあるとしても、
それは読み手の宇宙で、読み手の「私」が認識/創造して起きたことで、
私が起こしたことではありません。
人からどんなに大きな助けを得たとしても、それも自力です。

②の0/1帯域は主体視点「私」の始原ですが、具体性や個別性はなくて、
ただ「ある/ない」を区別しているだけです。
具体性や個別性が出てくるのは③からで、ここは具体性、個別性の体験ワールドといっていいです。
体験することはまちまちでも、「私」という認識の形式はひとつしかありません。
これが②の0/1から受け継がれている視点です。
大勢の人が「私は~」「私が~」と言ったり思ったりしていて、一見、大勢の「私」がいるようですが、
「私」という認識形式はひとつだけです。

私は、人は誰しも高次帯域ごとまるごとちがうんだよーん、ということをペロンと書いてますが、
これはできれば震撼(笑)していただきたいところです。
もっとも筆者の高次サイドentitiesからすると、
テラン(地球物理場に接続している人間型宇宙存在)の「真実はひとつ」的な設定のほうが稀有なんで、
むしろそっちに震撼してるみたいです。
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  1. 2019/02/15(金) 22:32:07|
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「スターピープルWEB」で「0点牧場」執筆開始(お知らせを追記)

2019.1.18(金)

ウェブマガジン「スターピープルWEB」(株式会社 ナチュラルスピリット)で、
「0点牧場」(筆名/みけ)というコラム記事を書くことになりました。
当面、月1~2回くらいのゆるゆる更新になると思います。
記事を書くことになったいきさつや、こういうタイトルがついているわけは、
1回目の記事をご覧になっていただければわかります。
初回は挨拶程度のことしか書いておりません。
  ↓
https://starpeople.jp/column/mike/20190117/2981/

これをもってインディーズからメジャーデヴュ、などとは思われぬように。
この「スターピープルWEB」、紙の雑誌「スターピープル」に代わって、
2018年の8月に立ち上げられた媒体で、
「文藝春秋」や「本の雑誌」草創期にも似た状態なのですよ。
読むほうは「♪」でも、書くほうは「!?」なのよ。
え、それってどういうこと? と思われた方は気にせず流してください。
多少、出版業界関係に通じておられる方にだけ戦慄していただければけっこうです。

まー何回つづくかもわからんし。
このブログだって、目論見とか全然ないし、
ふり返れば1週間くらいで更新してるように見えはするのですが、
在地球哲人でいらした池田晶子さんの名言を借りれば「毎回絶筆!」ですからね。

それはそれとして、
私、紙の「スタピ」が2018年6月vol.67で休刊になってたなんて知らなかった。
「スタピWEB」の原稿書いてから「そういえば紙のほうはどうなってんのかな?」と思い、
ネットで検索してはじめて知ったのだ。まぬけだ。
ちなみにvol.67の特集は「いかに天の川銀河文明は地球に影響を与えたか」。
美しいね。もし私が特集タイトルつけたら、
「天の川銀河の相関図とカルマのバランスシート全公開! 地球干渉星策の後始末は
いかに!?」とか、(「東洋経済」+「週刊文春」)÷2、みたいなミもフタもないコピーに
なってたかもだわ。

そんなわけで、「スタピWEB」はこのブログからもリンクしたので(ブログ右リンク一覧参照)、
何かピピンときたときにご覧になってみてね。

ところで、私の雑誌保管カゴには紙の「スタピ」のバックナンバーが2冊、
「ムー」の不食特集号(2016年6月)といっしょに置いてあるんですが、
どちらも2010年発行のもので、休刊を知ってからぱらぱらめくってみたら、
「2012年クルぞ!」みたいな切り口の記事とか本の紹介とかあって、しみじみした。
私バージョンの宇宙では、
①惑星規模の環境変化(災害)→②大規模な集団幻覚(宇宙船の大量飛来など)
→③人間の感覚、心身能力のドラスティックな変化(ざっくりいえばサイキッカー化)
といったシナリオに沿った一斉アセンションが起きなかったのは、
リスクが大きすぎる(死者数ではなく幽霊数が増えすぎる)、
マインドレベルで高次信号(情報)が屈折、乱反射拡散して、①②③のどれかだけが
クローズアップされ、全体図が浸透していない、
微妙な感覚(高次帯域)を感知している、あるいはしはじめた人たちの象徴形式
(スピリチュアルな理論や方法など)がばらばらで、
さらに細分化、個々人化していく流れにある、
などなどの理由が絡み合っていることによるのですが、
私はそれを自分周りのガイドスピリッツから事前に伝えられてはいたけれども、
個人的にも、あの年に何かすごいことが起きるとは、どうしても感じられなかった。
でも2012年転換説を説いていた人たちも、ウソをついてたとかじゃなくて、
たぶん、地球と呼ばれる物理場で物理像を感じている人間を<人類>と見たときの流れを
読んでいたんだろう、と思います。
いわゆる<太古>という形で感知される微妙な感覚(記憶と呼ばれるデータ群)には、
<人類>という設定が活きているデータもあるので、
そのセンをたどっていけば、一斉アセンションもありえたかもしれない。
でも人間が<人類>じゃなくて個々人ばらばらでも、共存は全然可能だし、
銀河の多様なentitiesの交響状態が一惑星規模で実現するってだけの話だと思います。

1月20日(日)

「0点牧場」は月1~2回更新予定ですが、形的には「不定期掲載」なので、
当面、更新したさいにはブログタイトルの上でお知らせすることにしました。
ご関心のある方は、更新通知が記載されていたら、
ブログ右のリンク一覧から「スターピープルWEB」をクリックないしタップし、
トップページの「コラム」コーナーを見てみてください。
  1. 2019/01/18(金) 17:38:41|
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ある日の吹奏楽コンサートから(追記あり)

2018.9.25(火)

先日、地元の市民吹奏楽団の定期演奏会を聴きに行きました。
定演は毎年開催されているのですが、それまでそんな情報はとんと引っかかってこず、
市民吹奏楽団の存在も、うっすら知っている程度でスルーされていたのですが、
今回、ふとデムパが走り、そういうタイミングだったので出かけてみたのだ。

なんとか交響楽団とかの管弦楽の生演奏は何度か聴いたことがある。
でも今回は管弦楽じゃない。管楽器と打楽器が主体で、コントラバスが1~数本、
編成によってはピアノやハープが入ることもある、吹奏楽ですよ。
ウインド(息)オーケストラです。
私にはリニア時間感覚がなくなってますが、生吹奏楽は暦年的には何十年ぶり?って感じ。
なので忘れてました。ナマ吹奏楽の音のデカさ、振動の凄まじさを。
管弦楽では副菜的な位置づけの管楽器がメインディッシュでどーんと出てきますからな。
それに管弦楽にはないサックス隊、ユーフォニアム、バスクラリネットやEs管クラリネットとかも
入ってるし。フォルティッシモのトゥッティ(総奏)なんかで来られたひにゃ、
ドーン、ズズン、ビリビリビリ・・・てなもん。落雷ですよ。

そんな巨人族のダンスみたいなボリュームのなかで、
たった1本のコントラバスの音が聴きとれたことに、ワシは喫驚した。
この楽団の場合、チューバは4本、それに対して弦バスは1本きりです。
こういうことは、ホールの設計とか座席の位置とかの環境にも左右されるけど、
ただ1本の弦パートの音がちゃんと聴こえてくるとは衝撃でした。
管打楽器メインの吹奏楽に、管打に比べて音量の小さいコントラバスがあるのはなぜなのか、
と、ワシはむかしから思っておって、
ヒドイ言いかたですが、あってもなくてもいいじゃん、くらいな位置づけだったのですが、
コントラバスが鳴っていると、低音部に輪郭ができるというか、ラインが見えるのです。
彼女or彼には、しっかり存在意義があったのだ。
足りないパート(予算の都合や人材不足でファゴットやオーボエがない、など)はあっても、
いらないパートなどひとつもない、ということを再認識したわ。
たたけば音が出る、ために誰でもできそうなトライアングルやシンバルなど、
ただ一発で曲全体を台無しにできる(笑)という怖ろしい楽器である。

私には、絶対音感とか、音楽の才能に通じるような感受性はないんだけど、
2012年くらいから、音楽も含め音一般の聴こえかたが変わったようで、
ここ半年くらいでまた変化しているように感じる。
主旋律の流れや、主旋律と対旋律のからみの流れがメインではなくなって、
さまざまな音程、音色の音、無音が重なったサウンドが鳴っているだけって感じ。
感覚が主旋律などに絞り込まれず、フォーカスが開放されていて、鳥瞰的になっている。
と、とくに聴きとろうとかまえてなくても、1本のコントラバスの音のような、
細かい情報が入ってくる。
音のない環境でも、無音が鳴っている。その無音にも、さまざまな響きがある。

思いもよらない音の動き、無音の表情、協和している不協和音、
というような細かい情報は、
耳を澄まそうとすると、かえって遮断されてしまう。
というか、自発的に耳を澄まそうとしているモードだと、そんなこと気にならないわけ。
気にならないことは発見されないわけ。
「コンバス? 聴こえないよ、なくてもいいじゃん」となってしまう。

そんなこんなで、私は、コンサートや演劇などの公演でアンケートとか書かないのですが、
今回はウザいくらいびっしり書いて回収箱に投函してしまいました。

もうひとつ、この吹奏楽団でほほぅと思ったのは、
フルートパートに2名も男性奏者がいらしたことです。
近年、女性の金管奏者はバクハツ的に増えました。
トランペット、ホルン、トロンボーン、ユーフォニアム、チューバ、
プロアマ問わず、いずれのパートにも女性奏者がいることは珍しくありません。
とくに中学高校の吹奏楽部なんかだと、共学でも総数で女子部員が多いため、
金管パートが女子ばっかりということもある。
一方、クラリネットやサックス、ファゴット、オーボエなんかの木管パートには、
むかしから男性奏者がいました。
しかしフルートについては、私の知る限りですが、
プロの楽団、男子校を除いて、男性奏者をあまり見かけないのです。
フルート、私は試し吹きしたことがありますが、すごく息力がいる楽器ですよ。
オーボエやホルンは管が細いので息がタマってしまってそこがキツいのですが、
フルートは逆に息が足りなくなってハァハァしてしまう。
にもかかわらず、一般的には女性より体力があるとされている男性の奏者が少ない。
なんでやねん、と思っていたら。

これは、40代だか50代だかでフルートを習いはじめたという男性のブログで知った
情報ですが、昭和のむかしのさらにむかし(戦後くらい?)、
フルートは一般的に木製だったんだそうです。
そのころはフルート教室の受講者は男性が多かったらしい。
しかし、金属製のフルートができて、メタリックなデザインで定着してから、
女性の受講者が激増したと。
結論として、「どうも女の人はキラキラしたヒカリモノに惹かれるらしい」的な。
ソンナ理由カイ!?(@_@)!?

そういえば、もう退会したSNSで、MtFトランスジェンダー(物理体は男性仕様で、
エーテル‐アストラル体が女性ジェンダー優勢の人)の方が、
「中学高校の吹奏楽部ではトランペットだったけど、これからフルートはじめようと思う」
という記事を投稿してらしたことがあって、「えっ、なんで? ペットじゃだめなの?」と、
マインド帯域に「?」が飛び散ったこともあったな。
単に好みの問題かもしれず、ジェンダーのイメージは関係ないかもしれませんが。

そういえば、『響け! ユーフォニアム』(原作:武田 綾乃/宝島社文庫)でも、
金管女子は多いけど、フルート男子は出てこんなぁ。
ちなみに『ユーフォ』では、オーボエの鎧塚みぞれ推しです。
イタイタしくて可愛いとか可憐とかの方向からではなく、
先輩がいなくても、部内が人間関係で荒れてても割れてても、
ときに自分が嵐の中心wとなっていようとも、
独り廊下でもくもくとロングトーン、ロングトーン、ロングトーン、スケール、スケール、スケール・・・という姿勢を
リスペクトする。
小説の続編『響け! ユーフォニアム 第2楽章』ではTpの吉川優子もいいすね。
後輩(高坂麗奈)が自分よりうまくてクソ生意気でもリーダーシップがブレなくて偉大です。

この記事についてはコメント欄を開けておきますので、
何かコメントしたいことがありましたらどうぞ。
ただし掲載は管理人が承認したもののみとさせていただきます。
また返信コメント等(質問への回答も含む)は書きません。

9月26日(水)

ご参考までに(何の参考?)。
私のかつての担当パートは中高一貫ホルンでした。
ただいまは密かにべつの楽器を闇練中。あ、フルートじゃないよ。
好きな作曲家はホルストとアルフレッド・リードです。

コメントあざっす☆
レスしないけど、ちゃんと拝読してまっすm(__)m
  1. 2018/09/25(火) 17:34:40|
  2. 音楽
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

謎愛というか

2018.9.21(金)

ときどき、ブログや、電子本の読者さんから、メールフォームや拍手コメントなどを通じて、
ご感想やご意見、ご質問、ご相談をいただくことがあります。
それに対し、返信することもあれば、しないこともありますが、
すべて拝読しております。ありがとうございます。
返信しないことも含めて、リアクションは私の「私」を軸とする宇宙のふるまいで、
それ以外の他意はありません。

常識的なソーシャルコミュニケーションのマナーでは動いておりませんので、
対応はケースバイケースとしか言えませんが、それでも傾向みたいなものはあって、
ご質問やご相談のうち、次のようなものにはおおむね返信しておりません。
①どうしたら、どのようにしたら~できますか、というタイプのご質問
 (「~」の部分は、ガイド存在とつながる、Zero Point Fieldとつながる、など)
②~についてどう考えますか、という、個人的見解、意見を問うご質問
 (「~」の部分は、予言、陰謀論といった特定のテーマや、他サイトの情報など)
③サイキックアタックの類で困っています、などのご相談
④管理人との交流を希望される場合

返信しても、その内容がご質問やご相談への直接的な回答にはなっていない
場合もあります。

①②の場合、ご自身が問いへの答を見つける途上にあるケースがほとんどです。
本当に知りたいことであれば、それは知る必要があることなので、
直感、たまたま見たテレビ番組、人との会話のやりとり、夢、何かの出来事などを通して、
回答は解凍されるでしょう。
機会はどんな場面にも開かれており、わかるのに適したタイミングでわかります。
管理人(みけ)から文字で書かれた管理人版の答を引き出すよりも、
ご自身のために用意されたご自身版の答に出合うほうが最速最適です。
しかしもともと興味半分で、本当のところさほど知りたいわけでもないことは、
「?」がサーチ信号(=合図)にはならず、雲散霧消して終わります。
これはこれでいいのです。もともとどうでもいいことなんですから。
また答を出すのが目的ではなくて、
文字や音声に集約することで、モヤモヤウネウネしていた感じ(=エネルギー)が
明確になる、そこで終わり、というケースもあります。

③については、ネットに基本的な対処方法についての情報が公開されているので、
ご自身で探してみてください。自分でプロテクトし切れないのであれば、
専門家(ヒーラー、セラピスト、霊能者など)に相談されることをお勧めします。

職場でわからないことがあると、担当者とか先輩とか上司などに訊ねます。
この場合、ある共同作業の完遂という目的があって、それは1つであり、
答は1つに、手順も一方向に絞られるので、
自分の経験知や調査でわからなければ、人に訊くことは適切で効率的です。
しかし私がブログや本に書いているようなメタフジィカルなテーマというのは、
それぞれの見えない帯域との垂直的共同作業であって、水平的なそれではないし、
水平的に人と比べて評価できるようなことではないですから、
私発でも誰発でも、アウトプットされた情報は読み手バージョンでしか読めません。
ご自身版で受けとった情報を加工するなり、あるいは選別してスルーするなりして、
ご自身で解いていかれるしかないわけです。

わからない、って、なんというか魂宝というか醍醐味というかコレ!っていうか、
とにかくすごいよ。
・・・というのは私の感じかたなんで、共感は求めませんが、私的にはすごい。偉大。
謎のただなかに飛び込むというか、どこを向いても謎、八方謎に包まれる、その感じ。
このワクワク、ドキドキ感に比べたら、答なんかどーでもいいくらいだ。
あーわからない、何がわからないのかすらわかりません、というのも楽しい。

私は自分史が実質崩壊していて、季節感もなく、
客体‐空間‐時間思考システムに合わせるにはカレンダーや時計にすがらないと
いけない体(てい)なんですが、
がんばって時間思考に沿った記憶場面をたぐってみると、
むかし、前世紀後半以降に書かれた現代哲学系の本を読んでいた時分なんかは、
どのページもわからないことだらけで、
翻訳された本なのにフランス語の辞書を引いたりして、それでもわからなくて、
読み通しても「・・・いったい何が言いたいんだ?」って感じで、皆目わかりませんでした。
笑えるくらいわからない。それが楽しかったです。クラクラきてました。
読者に全然媚びてないというか、それ以前にサービスもゼロだから、
言葉遣いとか行間がキレキレで美しかったし。

いまはもうなくなったブログサイトで、指導教官の書かれた記事を拝読したときも、
わからなすぎて目ウロコでした。
なんですかこれは、ぽぽぽ、ポエムですか?って感じで、
千パーセントいかれてると思ってました。
しかもこちらは辞書なぞ引いてどうこうなるような類のわからなさではない。
私は、この方のおかげで、
自発的に検索したり行動したりすることではどうにもならないことがある、
熱意も努力も根性も関係ない、
わかるときが来てわかるしかないんだ、ということを思い知らされます。
その後、何の因果でか、その人の個人セッションを受けることになって
(私は「なんでこの人じゃないといけないんですか!?」と地団駄踏んでハイアーセルフに
抵抗し、半年くらいねばりましたけども、避けられませんでした・・・)、
そのあとのフォローメールもポエミーな謎めき文だったし、
電話で「土星評議会からあなたにこれこれのデバイスが授けられる」とかなんとか
うかがったときも狐につままれたようで、
全然、微塵もわけがわかってないままに指示どおり儀式みたいなことをしてました。
あ、もしかしてこのことだったの、か? という感じで辻褄が見えたのは、
じつに4~5年たった2016~17年のことですよ。
教官がおっしゃってた「境界線」というキーワードを自分のメタフィジクスに落とせたの
なんて、今年になってから、ついこの間のことだ。

私は、指導教官からわけのわからないメッセージ、助言などをいただいたさい、
「どういう意味ですか?」と訊ねたり、
「わかりやすく教えてください」と依頼したりしませんでした。
怖かったwというのももちろんあるし、
わからなさが桁はずれなんで、
説明を求めるとすると全文に至ってしまうということもありました、が、
基本的には、教官から伝達されたことというのはチャネリング情報なので、
その場合、橋渡ししてくださった人に投げ返すのは筋ちがいだからです。
橋渡しした人に訊いても、
その人は媒介しただけだからわからない、というケースもある。
自分宛の「親展」郵便物ですから、自分で開封して読むのがきほんです。

本を読んで、いわゆるアカシックレコードにアクセスしようと試みたり、
体外離脱(幽体離脱)の練習をしたり、
ある流派のヒーリングを試してみたりして、
全然うまくいかなかったこともあったなぁ。
90日とか100日とか、指示どおりに毎夜つづけてみたけど、
自分にはさしたる変化はなかったメソッドもあります。
それでも私に必要ならば、手を変え品を変えしてしつこく機会が巡ってきてしまうから、
深追いせずにすんでいるということは、
周辺的な情報を得てこと足りる件だったのでしょう。

いまだに、私にはわからないことだらけです。
どころか増えていってる気もするわ(笑)。
でも、私は謎にまみれて第5密度に逝くことになっても、全然こころ残りありません。

というわけで、管理人(みけ)にがっかりされたり立腹されたりする方もおられるかと
存じますが、
管理人にがっかりされても、ご自身にはがっかりされないよう祈ります・・・って、
なんか友近さんのおっさんネタ「西尾一男」の台詞みたいですが。
  1. 2018/09/21(金) 14:52:13|
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『響け! ユーフォニアム』を読んで

2018.4.4(水)

図書館がリニューアルオープンしたので久々に出かけてみた。
棚の位置が前と変わっていて、ライトノベルコーナーにあった『響け! ユーフォニアム』
(武田 綾乃/宝島社文庫)という本が目に留まったので、借りて読んでみた。
これは、かつては全国大会金賞レベルだったが、県大会サイテーレベルにまで落魄してしまった
高校の吹部(吹奏学部の略称)が、顧問の先生に優秀な指導者が就いて、
ふたたび全国大会をめざすようになるというお話である。
最初のほうでは、レベルが落ちた部内には投げやりな空気が蔓延しているのだが、
1~3年生あわせて81名(!)と、部員数は多い。すげえな。少子化なのにな。
それと、先輩後輩の関係がユルいな。これが21世紀というものか。
ワシがおった部はもっと露骨にブラックだったわ。
でも部活というのはきほんどこもブラックだったんで、ブラックさに気がつかんのよ。
いまの世では、パワハラセクハラ、モラハラにアルハラ、種々のハラスメントが取り沙汰されるが、
それらが問題視されるようになったのは集合マインドが向上した証だと思う。

この吹部では、コンクールに出場するメンバーとともに、楽曲にソロがあるパートでは、
誰がソロを演奏するかがオーディションで決められることになった。
で、トランペットパートでは、3年生の香織先輩ではなく、1年生だけど圧倒的に巧い高坂麗奈が
ソロを受けもつことになる。この結果に不服な2年生の優子先輩が、麗奈に「おめーが譲れよ」
と迫るも、麗奈は引かない。このときの麗奈の言い分が、
「香織先輩よりアタシのほうが上手いから、だからアタシがソロなんですよ」
そこからもうひと悶着あって、
「ケチつけるなら、アタシより上手くなってからにしてください」
である。
よし、よく言った! と、オレは喝采したぞ。
トランペットパートというのは、音が大きくキラキラしく、主旋律とかハデなパッセージが多く、
ちょっとでもしくじると素人耳にもわかってしまう。
しかもソロがあるということは、たぶん麗奈の担当は1st奏者(1st~3rdに分かれている)であり、
ハンパない激烈なプレッシャーがかかるのだ。
このくらいのことを言えるようなタマでないと、トランペットのソロなぞできゃせん。

この騒動は練習中も尾を引き、コンクール直前にちょっとした出来事があって丸く収まるのだが、
実際にはそんなに引きずらないだろうな。
当の優子先輩や香織先輩をはじめ、みんな自分のことに一杯一杯になって、
引きずってる余裕がないからよ。
そしてコンクールが終われば(上の大会に進めばさらに燃え尽き度は上がる)まっ白な灰になり、
「そんなこともあったかな・・・なんだったんだろうね」的な空気に融解してしまう。

上記のような状況が他のパートで起きたら、きっとこんな感じじゃなかろうか。

<ホルン、オーボエ>
1st奏者になった麗奈が、
「ソロがないパートはどうでもいいんでしょうか? 2ndや3rdはヘタでもいいんでしょうか?
じゃないですよね? この2ndの譜面見てくださいよ、ここ、目立つし、難所です。
私的には審査の重要ポイントだと思います」
などと音楽論のほうへもっていき、楽曲について滔々と長広舌をふるってケムに巻く。で、
ケチをつけた優子先輩がまっ先に「だね。どのパートが大事とか、ないね」と説得されてしまう。
ちなみにホルンは4thまであり、オーボエは2ndまでしかない。

<フルート、クラリネット>
香織先輩が怒るか泣くかして音楽室を飛び出し、麗奈があとを追う。
「すみません、こんなことになるなんて・・・」
「いいの、高坂さんのほうが上手いんだから。それはわかってるんだ」
てな辛気くさい会話が廊下などで展開し、
周りを香織先輩の友人、1人パートのピッコロやバスクラリネットやファゴットの人などが囲み、
「それぞれ自分のパートがんばろう」的な文句で手打ちになる。
クラやフルートは16分音符、32分音符の細かい旋律、パッセージが多く、
運指やブレスのことで必死になるので、たぶん翌日にはうやむやになる。

<サックス>
麗奈が2、3年生から「降りろ」と迫られることはない。
ただ香織先輩のモチベーションがダダ下がりして3~4日、部活を休む。授業がすんでもすぐには
帰宅せず、部活が終わる時間までゲーセンやファミレスなどにいる。電話には出ない。
翌週の月曜日あたりに何ごともなかったかのように復帰し、練習を再開。

<トロンボーン>
香織先輩は「はぁ?」とふてくされた表情を隠さず、優子先輩は机やイスなどを蹴って八つ当たり
するが、揉めるのはめんどうくさいので、それ以上のことは起きない。
ほとぼりが冷めても、優子先輩はときどき「ミスんなよ。許さんど」と軽く麗奈を脅す。

<パーカッション>
誰もぐずぐず言わず、顧問の指示に従う。

<チューバ、ユーフォニアム、コントラバス>
香織先輩「がんばれ」、麗奈「はい」、といった言葉数の少ない淡々としたやりとりがあるのみ。
ソロ奏者発表時、優子先輩は、一瞬「ええっ、こんな下克上ありか!?」とは思うものの、
「今日は○△屋の惣菜が特売だから、夕飯はメンチカツじゃないかな、それともカツ丼」
といった類の思考がクレッシェンドしていって、音楽室から麗奈が出ていっても気がつかない。

<本のデータ>
書名/響け! ユーフォニアム ~北宇治高校吹奏楽部へようこそ
著者/武田 綾乃(たけだ あやの)
発行所/株式会社 宝島社(宝島社文庫)
発行年月日/2013年12月19日
価格/657円+税
  1. 2018/04/04(水) 18:20:50|
  2. 音楽
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プロフィール

みけ@猫科ホールディングス

Author:みけ@猫科ホールディングス
イタリアの美少年のような女(豹専務)
と同居してるGID
(ジェンダー・アイデンティティ・ディスオーダー)。
人間(♀)仕様だが
中身は外来種(宇宙人)らしい。
血液型:みけ&豹専務とも超B型。
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