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ソロ・パブリッシュ

ドリーム。

宇宙人などのエンティティについて

2019.2.12(火)

私が交信している何とか星人の誰それ、というのは、
五感的感覚にもマインドの感覚(思考、感情、気分)にもならない、
もっと微妙な感覚(高次帯域)の「感じ(周波数)」につけた名前である。
微妙な感覚のうち、ある特徴をもった「感じ(周波数)」が、
 微妙な感覚→漠然としたイメージ→キャラクター像
というようにマインドで変換、翻訳され、私のボキャブラリーから名前が選択される。
キャラクター像ではなく、道具(デバイス、ツール)に変換されることもある。
こういう作業をしているのは、私の「私」、すなわち私の個宇宙の軸視点である。
この軸が高次の微妙な感覚を認識するとともに、その微妙な感覚が創造され、
それにふさわしい(その周波数と相似形の)マインドのイメージ等が呼び出されてくる。
と同時に、そのイメージ等は軸視点「私」に認識され創造される。

たとえば、バシャールというentityは、
地球から見たときのオリオン座の近くにあるエササニという星の宇宙人で、
宇宙船で主に生活しており、ときおり地球人と交信している、
何人かの地球人はこのバシャールと交信したり、バシャールの宇宙船に乗ったりしている、
というわけでは、まったくない。
チャネラーの「私」とは無関係に、遠い星や宇宙船にバシャールというentityがいる、
という理解は、がっつり客体‐空間‐時間思考システムを経由させた見かたである。

バシャールというのは、微妙な感覚として感じられる、ある「感じ(周波数)」が、
それを感じた(認識し創造した)人の「私」によって、
それを感じた人のマインドで、もっと具体的な感覚として変換アウトプットされた像なのである。
神仏、天使、フェアリー、アセンデッドマスター、亡くなった著名人などもそうである。

しかし、思考システムでセルフマインドコントロールしていると、次のようなことが起きる。
①微妙な感覚を思考システムにもとづくサイエンスで説明してカタをつける。
「微妙な感覚なるものは、客体(物体)の一部である身体の諸反応から生じる心理」
と定義され、原因は必ず客体(身体もしくは環境)にあるとされるので、
entityとかいうものは想像の産物とされる。
なお、「“私”に先んじて客体(物体)がある。世界は客体からできていて、“私”もその一部」
というのはじつはメタフィジクスのひとつなのだが、こういう人にとってはフィジクスである。
②微妙な感覚を感じていながら、思考システムに気がついていない。
チャネリングやヒーリング、サイコキネシス(念力)などが起きる変性意識状態と、
思考システムを適用している通常意識状態が別々で、ダブルスタンダードになっている場合、
通常意識に適用されている思考システムには気がつかず、思考システムは保持される。
つまり客体‐空間‐時間は自明の常識となっていて、揺らがない。
そうすると、entityは、変性意識状態で感知される「高次世界の住人」ととらえられやすい。
すると、「私」とは無関係に、客体として、高次世界の遠い星や宇宙船に某というentityがいる、
ということになって、ステージが上がっただけで、
客体‐空間‐時間を無自覚に適用した解釈は何も変わらないのである。
雲の上に白い髭を生やし白いローブを着て杖をもった神様がいる、というのと同じだ。
白い髭の神様が「光」とか「エネルギー」であっても、「私」とは無関係な客体であれば同じである。
客体としてentityがいるということは、本来なら、誰がコンタクトしてもその特性やメッセージは
同じになるはずである。だから、②の場合、情報が正確であるかどうかが問題になる。
また、客体entityと対等に付き合うとか、ネガティブな客体entityから自分を守るとか、
高次政策がややこしくなり、テクニカルメソッドの数も増える。
思考システムが支えている社会の複雑さが、そのまま上にもち越されるわけだから、
ややこしくなるのは道理である。

地球(と呼ばれている物質波の変換ポイント:物理的な像がつくれる場)では、
宇宙を認識/創造する「私」の能力を制限するために思考システムが固守されてきたので、
微妙な感覚(高次)を感じるさいには、
微妙な感覚(高次)に集中フォーカスして、マインドと物理像をスリープ状態にするか弱める
(フルトランスないしセミトランス:変性意識状態に入る)という方法がスタンダードであった。
こうすれば、微妙な感覚(高次)の「感じ(周波数)」は、
思考と気づかれていない客体‐空間‐時間に適合する形で翻訳され(例:輪廻転生)、
思考システムを阻害しないからである。
①だった人が、何かのきっかけで精神世界に興味をもつようになった場合も、
セミナーや独習メソッドでは集中フォーカス方式から入ることが多い。

「私」視点が微妙な感覚(高次)に集中フォーカスしても、
物理像やマインドの帯域が完全にシャットダウンされるわけではない。
スリープ状態か、すごくボリュームを絞って弱めた状態で残っている。
「私」の感度が逆三角形▽のようになったこの状態で、
「私」によって感じられ出現した微妙な感覚(高次)が、
それにふさわしい(相似形の)マインドと物理像を呼び出すと、
マインド帯域で機能している思考システムも減弱して途切れがちになっているので、
通常意識状態なら思考システムによってはじかれるか整理されてしまうデータが総動員され、
クリアな夢のような生々しい像(映像、音や香りなど)が出現する。
宇宙船や天使やユニコーンなどが、実際に目の前にいるかのように感じられたりする。
ということがあるために、
トランスから醒めたあと、この高次像に思考システムが適用されると、
高次像はたちまち客体化し、思考システム仕様の高次世界の住人になる。
ただし、物理像やマインドをスリープさせるフルトランス状態だと、
トランス中に起きたことは憶えていないことが多い。
どっちにしても、セミでもフルでも、トランスでは思考システムは微動だにしない。
通常意識状態で適用している客体‐空間‐時間が思考だと気づき、
この枠をはずして、微妙‐中程度‐濃い感覚の全帯域を貫く「私」に戻ると決めない限り
(コミットメントしない限り)、セルフマインドコントロールはつづいていく。

高次への集中フォーカスによって高次帯域を認識/創造していると、
通常意識状態では無自覚に思考システムが適用されるため、
本来ひとつであるその人の「私」宇宙が、
「高次世界」と「日常生活」に乖離した、②のようなダブルスタンダードになることが多い。
「高次世界」も「日常生活」も、どちらにしても客体‐空間‐時間が自明の常識だから、
思考システム仕様になった「高次世界」の情報を、
同じく思考システム仕様の「日常生活」に活用しようとするのは、
客体‐空間‐時間を自明の常識とする自然・人文・社会科学情報を活用するのと変わらず、
(客体として実在する)地球の裏側(空間思考)でこれこれのことが起きているとか、
何十年後(時間思考)の社会(客体‐空間‐時間の複合思考)はこうなるとか、
(客体として実在する)私の寿命(時間思考)はこのくらいで何歳まで地球に滞在するとか、
思考システムベースの同質の発想である。
スピリチュアルな感性や情報や技法を社会や人類に役立てるという志が頓挫するのは、
「スピリチュアル」も「社会」も「人類」も「役立てる」も、全部、
客体‐空間‐時間を自明の常識としていて、思考システムの掌の上にあるからである。

なので、②のタイプの方には、
「3次元」とか「現実」等の呼称でトランス状態と区別しているその非トランス状態で、
「私」視点をハイヤーセルフまで後退させておくことをお勧めする。
参考/19.1.13(日)「問題を解決したければ~」記事後半の<付録>部分
http://solopub.blog103.fc2.com/blog-entry-830.html
あるいは、目を開けたまま(半眼ではなく全開、瞬き可)瞑想し、
物理像とマインドのボリュームをキープする(トランスしないよう耐え抜くというか)のも
よいと思う。

さて、entityは客体ではないけれども、というか客体などというものはないのだけれども、
微妙な感覚(高次)のひとつとして、
またときとしてマインド帯域や、物理波を反映させない物理像すなわちエーテル像で、
より具体的な形態や特性をもった「感じ(周波数)」となって、存在する。
五感的な濃い感覚でない感覚も実際に感じられる現実なのだから、
entityも現実である。
ただし、私が交信しているentityと同名のentityと交信している人がいるとしても、
両entityの周波数が同じとは限らない。
その人の「私」と私の「私」では、ワンネス(ゼロポ‐0/1帯域)を個宇宙へと開く角度が
ちがうからだ。簡単にいうとハイヤーセルフがちがうからである。

想像の産物は現実ではないという思考は、思考システムを通したときに出てくる思考で、
「私」によって想像された像は、物理像と同じく現実であり、また両者とも像である。

で、このくどくどと長い記事の本旨はここからなのですが、
思考システムを適用して、「私」が「(客体の)身体と心」に制限されていると、
想像やイメージは、(客体の)身体の諸反応、たとえばエンドルフィン等の分泌などと
結びついた説明がなされない限り、客体世界に影響しないし、
影響しても変化の幅は小さい。
「現実とは客体(物体)でできた世界のことで、
客体でできた世界は客体固有の法則で変化するから、想像の産物とは関係ない」
という思い込みが現実化(!)しているからです。
しかし、「私」視点の軸が通って、個宇宙の全感覚(全周波数帯域)が現実になると、
ふっと想像されることや、
両手から光が出ているだのゼロポの窓だのといったイメージワークの類が、
マインドや物理像のレイヤー(層)にほんとに効くのだと実感されてきます。
想像やイメージは異なる周波数帯域の現実であって、
それが下位の(物理像)、あるいは関連する(マインド)周波数を呼び出し、
両者が連動するからです。
引き寄せ、アファメ、イメトレの類もここからが本番というか、
生活に溶け込んでくるので、「引き寄せよう!」とか「イメージを描こう!」
という感じではなくなるのです。

たとえば、先だってアニータ=クラリッサ@プレアデス=シリウスと交信していたときのこと。
このチャネリはたいへん長丁場で、
ブログの記事(「在地球人は地球人じゃない」カテゴリ:アセンションについて)にした
以外にもいくつかのテーマがあって、音楽もそのひとつでした。
私とアニータは、1989年に亡くなったカラヤンと、彼が指揮者だった時代のベルリン・フィルの
音について、プレアデス人が他星人に感じさせる「美」と関連させて交信していたのですが、
「この話、なんかまだ茫洋としてるんで、もっと掘り下げられないかな?」
と私が問いかけたところ、これがオーダーになってたみたいで、
翌日、返却期限がきた本を図書館に返しに行ったら、
そのままズバリ『カラヤン』(文藝別冊/河出書房新社)とゆー本があったのですよ。
探したんじゃなく、館内をふらふら歩いていたら数秒後に目が合った、という感じです。
それからしばらく、「天才バカボン」の歌詞の「ボン、ボン、バカボン」というところが
「ヤン、ヤン、カラヤン」に、「天才一家だ」が「天才指揮者だ」に替えられた歌が
マインドで、弦楽合奏つきwで流れてました。
私版のプレアデス人はこういうおバカな芸はやりません。
仕掛けていたのはアルクトゥルスの仲間たちです。
このようなことは多々あって、ちょっと思いついた程度のことがオーダーに直結したり、
物理像でブツになって届いたりと、
いちいち驚いていられないくらい実現速度が高速化しています。

というわけで、全帯域がコヒーレントになって連動するようになると、
イメージや想像の実効性が格段に上がります。
もしわるいイメージというか、違和感があったらゼロポに還しちゃえばいいんで、
問題はありません。
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  1. 2019/02/12(火) 21:44:52|
  2. 実現のメタフィジクス
  3. | トラックバック:0

在地球人は地球人じゃない~アニータ=クラリッサ@プレアデス=シリウスとの対話

2019.2.7(木)

プレアデスとシリウスのハイブリッドentityアニータ=クラリッサとの通信記録のうち、
地球人のアセンションに関連する部分を抜粋して、対話形式で掲載します。
途中、休憩をはさんで1週間くらいという長丁場でした。
「ニーベルングの指輪」かよ!(←4時間×4日間かかるワーグナーの歌劇)
でも食事とかトイレとかはふつーだったし、睡眠もとってるし、
ナチュラルトランスってべんり~♪ って、フルトラだったら1時間ですんでるかもな・・・。

みけ 地球の人たちって、みごとに地球人に化けてるよね。なりきってるっていうか。
ときどき心から感心する。
アニータ あなただって化けてるじゃないの。
みけ つもりだったんだけど、演技がヘタクソで全然だめ。なので、仕事も友だちもみんな、
セルフアセンションの風とともに去っていったよ。
アニータ あなたは何ひとつせずに「わくわくしないこと」が向こうから消えていってくれて
よかったじゃないの。ソフィア@シリウスはそのへんの撤収うまかったよね。さすが。
みけ 地球人というのは、「地球」とか「アース」とかっていう名前がついてる入射角(物質波を
個宇宙のエーテル帯域に反映させるときの変換係数。物理像の質感が決まる)で物理像を
つくってるentities(存在たち)の総称なんだけど、同じことは高次帯域でも起きてるよね?
アニータ うん。それぞれの個宇宙のハイヤーセルフにしたがって認識/創造される像が
どんどん具体化していくディセンション(下降)の流れの途中で、
恒星とか惑星といった星の像が感じられるとき、
複数の個宇宙が同じ入射角を使うということが出てくる。
たとえば10体の個宇宙が、仮に同じ「01010」というコードで表せる角度を使っているとすると、
この10体は星の像が共通する何々星人というくくりになるわけ。
あなたがたの科学に喩えると、DNAの塩基配列の一部が同じ、みたいな。
何々星人というのは、地球から見た星の位置や方向でその入射角コードを象徴している
呼びかたで、天文学とは対応していません。
どういうコードをどのように使っているかというデータは、個々の宇宙に、感覚(周波数)として
保持されてるから、それを感じたとき、適切なシンボルもわかるでしょう。
天文学では未知またはありえない星がシンボルになることもあります。
みけ ああ、エササニがそうだよね。
私みたいに、アルクトゥルスというシンボルで表せる入射角を使っていながら、
物理像レイヤー(層)では地球というシンボルで表せる入射角も使っている場合はどうなるの?
アニータ ベースはアルクトゥルスの入射角コードで、それを整数倍にしたり、どこかで+1に
したら別のどこかで-1にする、みたいな数学的操作をして調節してる。
みけ じつは地球人で地球というシンポルで表せるコードをガチで使ってる人って、
ほとんどいないんだよね? てことは、大多数が何やかや操作して調節してると。
アニータ そう。あと、星の像が出てくる以前に、天界とか天使界とか、別の形で環境像が
出現している人たちもいる。これは宇宙系以外の異界系の人たち。
地球のコードを保持している少数の人たちも、宇宙系や異界系とのハイフリッドです。

みけ 地球人っていうのはほとんどが外来系だっていう説があって、
私はその話、つい最近まで腑に落ちなかったのよ。
自分の周りの人たちは、スピリチュアル的な意味での地球環境にちゃんと順応していて、
私よりはるかに優秀でまともだったし、
食欲も性欲も動物種としての<人類>の生得的欲求だって、
無自覚なくらい前向きにとらえられていたもの。
地球ってのはこの人たちの星なんだな、っていう気がしてました。
アニータ それは仮想集合システム(客体‐空間‐時間思考システム)でセルフマインドコントロール
してるからよ。システムのプログラムにしたがってると、器官のしくみや細胞が云々っていう、
客体としての物質探究から<人類>というくくりでまとめることが可能になる。 
客体が仮想である以上、<人類>も仮想だけど。
みけ 思考システムは、認識と創造の視点である「私」を有限の個体(身体と心)に制限する
プログラムだから、そんなものがジャストフィットする人はいないはずなんだけど、
順応している人たちは違和感をスルーするのが巧くて、それがリアリズムだってことになってる。
アニータ そういう人たちにも、思考システムから出る時機が来ます。
それは今世のどこかかもしれないし、今世のあとかもしれないけど。
マインドに線形の時間が設定されているという条件下での人生とか転生って、
高次で俯瞰すると同じ軌道をぐるぐる周回してるだけで、時間はたってないの。
だからハイヤーもガイドも「早く出なさい」とは言わない。回ってる間は放置。
本来の時間って、複数の場面の順序とか前後関係のことで、
同じプログラムをループしているのは時間を創造しているとは言わないのね。
みけ ハイヤー視点ですでに完成されていることを、  
下の次元で開始点と終点を設定してプロセス化することが時間の認識/創造だから、
同じ軌道をループしてるのは「停止」と言っていいのかな。
なんか、パソコンやスマートフォンのぐるぐる待機画面みたい。
アニータ そもそも本人の意識(「私」の感じかた、認識)と無関係にオートマチックに進んでいく
時間なんてありえないわけです。本人がそういう設定にしていない限り。
でね、ループのどこかで、
思考システムによって封じられていた異界人の周波数(異界人感)がせり上がってくるので、
そのタイミングで本来の「私」に戻るシフトが起きて、在地球異界人に戻るの。
どんなに思考システムに順応している人でも、本来の周波数をないことにはできないから、
必ずそのタイミングは来ます。
むろん、あなたが書いているように、転回点はループのまっ最中にやってくるから、
有限の個体に制限された状態のときに戻るほうに振り切ると意思決定しないといけないわけで、
そこが正念場なんだけど。
そして、思考システムから出るその時機に、なぜこのようなシステムを適用するに至ったのか、
という理由が、過去世あるいは別世物語的な神話として浮かび上がってくる人もいる。
それは人によるから、思い出さなくてもべつにかまわないけど。
みけ そこで待機画面が終わってプロセスが動きはじめるから、
「いつのまにか思考システムでセルフマインドコントロールしていた」というフェイドイン以前が
出てくるわけね。
アニータ そう。でもそれが言葉やイメージ映像としてアウトプットされなくてもいいし、
プロセスをつくらずにとっととシフトしちゃってもかまわない。
思考システムによる仮定義である<人類>という枠を積極的に活かしてアセンションを促す
っていう古いアセンションモデル(一斉アセンション方式)だと、
思考システム以前の記憶構成とか、移行期における自分の役割の自覚とかが必須要件
だったんだけど、セルフ方式になったから、それはどうでもいいの。
太古の記憶、別世の記憶、<人類>という枠のなかでの自分の役割、ミッション、
そういうのは客体‐空間‐時間思考を切り離して認識/創造視点の「私」に戻るための
追い風的な促進材料だから、本質的なことではないんです。
「感じ(周波数)」として自分の「私」を軸とする宇宙が感じられていればいいので、
思い出さないんだったらそれでいい。
みけ あのさ、太古の記憶だ何だって、まだ思考システムに気づいてないときに、
思考システムの時空間思考に沿って、わりとベタな物語としてアウトプットされてくるでしょ。
それって役に立つのかなぁ。
そういうお話によって客体‐空間‐時間が思考だとは気づかないし、
「私」も身体と心に制限されたままだし、
お話がすごい魅力的だと、このとおりになるものだって思い込んで、
客体‐空間‐時間思考を別の形で固守するようになるかもしれない。
アニータ 一気に思考システムから開放、とはいかないけど、 
第一段階として、目の前の物理的な出来事だけが現実だという即物的な世界観からは
リリースされるのよ。それに五感的な感覚を超える世界への関心が高まる。
ある程度、周波数が高くなると、自分がアウトプットした物語を波動でリーディングする感覚が
わかってきて、言葉や映像のほうはマインドで象徴に変換したものだってわかるようになる。
自分の物語の真偽とか、人の話と比べてどっちが本当かとか、問題じゃなくなる。
みけ プレアデスさんのやりかたは、入口は易しいけど、急にハードルが上がるんだよ。
某ラジオ局の語学講座みたい。そう簡単に高次目線にはなれないっていうか、
自分の過去世話は実際にあったことだって思ってる人もいっぱいいると思うよ。
過去世記憶とか来世記憶というと、
「かつて物理的に体験したこと」「これから物理的に体験すること」と思われがちだけど、
そうじゃないんだよね。
①30分前にAさんに会った。
②家に帰った自分がAさんに会ったことを記憶している。
この①と②は別々で、
②というのは、「家にいる」という次元(この場合は物理像)の上の次元(この場合はマインド)に
「Aさんに会った記憶」が載っかっている、これ自体がひとつの場面。
プロセッシングって②の場面だけで起きているんです。
①は関係ない。①で会ってるのがAさんだろうとBさんだろうとCさんだろうと、
②の場面が出てくれば(この場面を認識/創造すれば)プロセッシングになる。
アニータ 記憶って、いわば上の次元でのトッピングなのよね。
あなた、ちゃんとわかってるじゃん。
みけ 私はハナっからイカレてるからだよ。まともだったらそうはいかないって。 
ここに降りてきてみ? 他人に歩調を合わせないといけないとか、世間の常識ではこうとか、
人の誕生は喜ぶべきことで死は悲しむべきこととか、感謝してなくても感謝しろとか、
言語下の、暗黙の同調共感圧力が、もうそれはそれはすごいから。
圧力なしにナチュラル共振できるプレアデス環境からいきなりここに来ると卒倒するから、
だから在地球プレアデス人はいっぱい過去世記憶をトッピングしてる人が多いんじゃん。
そういう人をワンダラーというんだけど、ワンダラーとウォークインを区別するのって、
あんま意味なくない? トッピングの量とか種類がちがうだけなんだもの。
アニータ たしかに(笑)。だからセルフアセンションでは、
「私」に回帰して個宇宙を確立することにサポートの力点が置かれてるの。
それぞれが100%、地球の異界人、宇宙人として存在するとき、
それぞれの個宇宙を通じて、本当のハーモニーが実現します。
思考システムで仮想された客体の地球に焦点を合わせた予定調和ではなく。
  1. 2019/02/07(木) 16:47:33|
  2. アセンションについて
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地球人の特権

2019.1.26(土)

前回の記事で、私は、
自分はもうずぶずぶにデムパまみれで、自分バージョンの世間が「物体」と呼んでいるものは、
「私」が感じた濃い感覚(濃い周波数)からなる物理像としか感じられなくなっている、
と書いた。
だから、西洋哲学の認識論は、「認識の向こうに物体が実在するかどうかはわからない」と、
「わからない」で踏みとどまるけれども、
私は「物体はない。全部、認識による“像”だ」と言い切る、と。
像とは、何らかの感覚の集まりということだ。
物理像は五感的な感覚の集まりだし、
物体のような像は結ばないが、思考や感情や気分(マインド)も何らかの感覚の集まりだし、
マインドを超えるゾーンも、何らかの、マインドよりさらに微妙な感覚の集まりである。

すると、私バージョンの世間から、「洗脳」という声が聞こえてきた。
洗脳、ね。YES。否定はしないよ。お互いさま。

高次‐マインド‐物理像のすべては周波数(感じ、感覚)に還元される。
周波数を感じる視点である「私」がそれらを感じることでそれらが出現している。
  vs.
すべては物体からできていて、物体固有の法則にしたがう。
身体も物体の一部で、物体としての身体の諸反応から「私」という自意識が生じる。
物体からできた世界には、そのような自意識をもつ人間が大勢いる。

というように、
私が「“私”が基礎で物理像は(波動の)具体化の最終形態」ととらえていることを、
世間の常識は「物体が基礎で“私”は物体の組み合わせの複雑化の最終形態」と、
逆さまにしているだけなのである。
だから、世間から見たら、私の書いていることは、
「スピリチュアルに洗脳されて現実を見失っている人の戯言」に映るだろうが、
私から見れば、先方のほうがセルフマインドコントロールされまくりなのである。
また、私自身はとても単純なことを書いているつもりなのだけども、
世間からすれば、自分を欺くための仕掛けがいろいろ施されている、奇妙でややこしい文章と
見えるかもしれない。
一方、私から見れば、世間の常識のほうが、デフォルト(暗黙指定)設定がたくさんある、
入り組んだ複雑なシステムに見える。

これまで何度も書いてきたように、両者に優劣はない。
どちらを選んでも、選んだほうのしくみに沿った現実が実現するだけだ。

選ぶのは「私」である。
けど世間からすれば、私のいう「私」は「イカレた脳と自律神経」といったふうに読めるだろうし、
世間からすれば、常識には「AかBか」というような選択の余地はなく、
「受け入れるか、受け入れないか」しかないのだから、
私(みけ)のような人は、当たり前のことを受け入れられない弱い人とか、ひねくれた人とか
いうことになるだろう。

なんにせよ正しいとか優れているとかいうことはどうでもいいし興味もないのだが、
「私」の選択、決定によって、個々の宇宙のありようはどうにでもなるということ、
「私」のキャパシティーの、そのとてつもないデカさに、私は吃驚する。メマイすら覚える。
「私」は、
「物理像とマインド」を「身体と身体にもとづく自意識が描く主観世界」に転換し、
自身が感じる範囲をそこだけに制限し、認識の裏面の創造には気づかず、
そのような制限を制限ではなく不可抗力の常識と思い込むことすらできるのだ。
→これは世間サイドからすれば「自意識は自身をも欺き、自然科学にもとづく現実を
見えなくすることすらできる」と反転されるのだろうけど。

「私」は宇宙を感じ創造し、自身の力を忘れることさえできる。
ただ、ここまでテッテー的に忘れられたのは私バージョンの銀河では地球人だけだけどね。
すごいよ。銀河英雄伝説だよマジ。

さて、ここで世間の声はかき消え、デムパがクレッシェンドしていくぞ。

「自分の自由意思を発揮して選ぶ」という夢が見られるのは、
客体‐空間‐時間思考システム(=世間の常識の土台)を適用している間だけである。
思考システムの枠内では、皮膚という境界面で区切られる物体(身体)の「私」も、
物体(身体)から派生する自意識の「私」も、
ほかの多くの物体(身体)や自意識とも、動植物とも、無機物とも分離した個体として
物体世界に投げ込まれており、
この分離した個体には、(無機物を除く)それぞれに行動の選択肢がいくつもある。
各個体の選択によって、個体をとりまく環境には何らかの変化が及ぶ。
とくに、自分の身体や主観の利益に逆らう決定をも選択肢に含めた人間の自由意思は、
たいへん尊いと考えられている。
一方、あらかじめ決まっている運命というのは、寿命とか境遇とか、
個体の状態や行動に影響する外部要因をさす。
その基本は物体固有の法則(物理学や化学、生物学など)で、
それをベースに、各個体の意思や偶然などが複雑に絡み合って決まる。
運命は自由意思による選択を制限したり、その発揮を阻んだりすることがあるので、
運命と自由意思は対立している。

客体‐空間‐時間思考システムから出ると、
あらかじめ決まっていることは「私」が欲することになる、言い換えると、
すでにかなっていることしか「私」は望まないので、
運命と自由意思の対立は解け、両者を区別する意味はなくなる。

しかし、
「“私”が感じるより先に客体(物体)がある、というのは思い込みだ。
空間も時間も“私”が感じて創造しているのであり、客体の広がりや変化のことではない」
という気づきは、思考システムにがっつりハマっているときに起きる。
だから、そこから出て、「私」を軸とする一個の宇宙としての存在に戻る、と決めるなら、
その決定は自由意思によってなされる。
これは、自由意思を発揮する最後の機会なのである。

いったん気づきながら思考システムにとどまる人は自由意思を使いつづけるし、
思考システムと「私」の間を行ったり来たりする人は、
中途半端に自由意思を使いつづけるだろう。
どちらも、ときおり降りかかってくる運命の気まぐれに悩まされ、
「運命と自由意思の相克物語」はつづいていく。

自由意思を発揮して思考システムから脱し、「私」に戻ると決めることは、
じつはものすごいことなのです。
「まず世界があって私が生まれる」から「“私”が感じて世界が現れる」への180°転換、
この象徴的ポールシフトを、自由意思で(!)選択するなんてことは、
「まず世界があって~」のほうをガチでやり切った制限のマスター(=地球人)にしか
体験できません。
でんでんコースターのスリルを堪能できるのはコースターに乗ってる人だけ的な。
多くの異界存在が地球人のセルフアセンションに注目し、
「手伝えることがあったらなんでも言って」みたいに前のめりになっているのは、
ただの見守りギャラリーでもいいから、この驚愕もののシフトにかかわりたいからです。
でも実際にでんでん体験できるのは地球人だけだよ、ハッハッハー。
  1. 2019/01/26(土) 16:52:16|
  2. コミットメント
  3. | トラックバック:0

問題を解決したければ、問題がないことに気づくのが最善最速(追記:コメント御礼)

2019.1.13(日)

前回の記事で、私の対人関係で生じた出来事を例に、
人からネガティブな話を聞かされたら、
相手に共感したり相手に直に働きかたりしないで、
相手の言動や話の内容によって自分のマインドに生じた思いをZero Point Fieldに還す、
そうすると自分の宇宙が本来のあるべき周波数に戻り、
あるべき周波数にふさわしい現実(物理像とマインド)が呼び出される、
現実の量子跳躍が起きる、ということを書いた。
相手のことはフル放置でかまわない、と。
(「現実を使って自分の宇宙に回帰する」19.1.8/カテゴリ:仮想集合システム)

これは、相手が家族やソウルメイトや大切な仲間や大切なお客さんであっても同じである。
その人に好意をもっているとか、その人が苦手だとか、関係ない。
親しい間柄であればあるほど、
自分にできるだけのことをしてあげたいとか、守ってあげなくてはとか、
フル放置とは真逆の姿勢で話を聞いたりアドバイスしたり協力を申し出たりしがち、
なんだけど、
それそれ、そのケア思考! それこそまっ先にゼロポに還したほうがいい周波数なのだ。
それと、あるべき人間関係とか、愛情とか友情とかに関する既成観念から生じる、
思いやりが足りないんではないか、ケアを出し惜しみしてるんではないか、
できることがあったら何でも言ってと言いながらあまり寄りかかってこないでと思っている、
この人のことを助けたいとかってのはウソでほんとはこの人と一蓮托生の自分が困るからで
ああほんとに私ってエゴイストでヤなやつ、
といった、二次反応的な自己批判も、まとめてゼロポに還す。
この人、前も同じことあったよね、なんで自分の型に気がつかないのかな、
といった、相手の話への分析が起きたら、それもゼロポへ還す。

前回の記事に書いた出来事を中心に、そのほかにも何やかや細かいことがあって、
私にはコツがつかめた感があって、
「お金が足りない」でも「仕事がしんどい」でも「身体がつらい」でも「才能がない」でも、
問題のテーマが何であれ、
五感的な濃い感覚の束である物理像に、記憶や経験知やメディア情報を被せて
<問題>に仕立てているのはマインドであり、
本来の自分の宇宙からすると違和感満載のこの<問題化>の「感じ(周波数)」を
ゼロポに還せばいいだけなんである。すると、
高次(微妙な感覚)‐マインド(中程度の感覚)‐物理像(濃い感覚)が「私」を軸に整い、
ここにはどんな<問題>もない。
この本来の自分のマインドの中立な平常心は、
とくに根拠を必要としないワクワク、ゾクゾクとかの湧き上がり感だったり、
のびのびとしたくつろぎ感とか清明な明澄感だったりする。
ここで整体完了。
そのマインドの周波数にふさわしい物理像が呼び出されて、
<問題化>の軌道にいたときに問題だったことは、
「そういえばそんなことを考えてたかな」とほんのり思い出されるみたいな形で、
いつのまにか解決していたことがわかる。
あるいは、自然消滅、自然成就に至るなりゆきがあまりにも自然なために、
問題の件はもはや思い出さないかもしれない。

マインドで仕立てた<問題>に、対処思考の立ち位置から直に働きかける、
すなわち<問題>を抱えたまま求人サイトにアクセス、病院に直行、
というような行動に出るということは、
濃い感覚や中程度の感覚を感じる「私」に先んじて感覚の対象である客体がある、
自分の身体、自分の家、Aさん、社屋、銀行のATM、紙幣、というような物体(客体)が
まずあって、それらを自分の身体が、身体機能にしたがって感じている、という、
客体‐空間‐時間思考システムを即適用しているということで、
すると、思考システムの範囲内で<問題>を<解決>するしかなくなり、
解決の方法も思考システムの範囲内に限られるし、
解決の結果もやっぱり思考システムの範囲内に限られるのである。
また、どんな解決策をとるにせよ、
「私」の感じかたとは関係なく、客体固有の法則(物理、化学の法則、それをベースとする
社会常識など)で動いているものに働きかけることになるので、たいへんな労力を要する。
要は<問題>と<解決>って、思考システムの枠内にしかないプレイなわけです。

そうではなくて、「私」が感じるとともに、さまざまな濃い感覚が出現し、
それを「身体」「家」「Aさん」「社屋」「ATM」「紙幣」等々とマインドで仕分けて、
濃い感覚の一部(音とか文字)を象徴に使って、そう名づけているのである。
だから、「身体」「家」「Aさん」「社屋」「ATM」「紙幣」等々は、
「私」と関係ない、それぞれも関係ない客体(物体)Xではなくて、
すべて「私」を軸とする宇宙に属している。
高次(微妙な感覚)‐マインド(中程度の感覚)‐物理像(濃い感覚)と、
それぞれの層で感じられるべきことが感じられ、現れるべきことが現れているだけで、
もともと<問題>はない。
マインドに<問題>が立ち上がるとすれば、それはイレギュラーな「感じ(周波数)」で、
思考システムを使ってますよ、そのプログラムから出てください、というサインだから、
イレギュラーな周波数をゼロポに還せばオワリだ。
<問題>のテーマが対人関係だったら、
相手のことはフル放置で自分のマインドを整えることが、結局、最大の利他行為になる。

世界を、物体をベースとした物体の相互作用とするか、
「私」という当事者視点の意識の認識かつ創造とするか、
両者はまったくちがうステージです。
優劣はなく、行き来も可能ですが。
前者の軌道にいると、前者の世界観の仮想性すら見えてきません。
世界はまぼろしではなく、人生は遊びなどではなく、現実を変えるのは容易ではない、
などなど、まぼろしではないものがある(!)ことが大前提なのですから。
前者の軌道からは、たとえばこの記事など、
善意で解釈しても心理的な気休めくらいにしか思えないでしょう。
後者の軌道だと、まぼろしではないものがあるという設定がいかに特殊かがわかるし、
心理的な気休めこそが一切の動因だと得心します。
前者から後者へ移行するということは、
「世界があって私がある」から「私があって世界がある」へと180°転換することで、
このセルフポールシフトがセルフアセンションの核心です。


<付録>
マインドで違和感のある周波数を感じたときのゼロポ還しのやりかたを、
いま一度、ここでまとめておきます。

(1)「感じ(周波数)」を感じている当事者意識である「私」を、ハイヤーセルフまで後退させる。
物理像はもとよりマインドも、さまざまな感覚が織りなす模様にしか感じられないところまで
後退する。
方法その1.
自分のうしろにあるドアを次々に開けて奥へと奥へと入っていく、
もしくは、自分の身体が左回りに回転して奥へと下がっていくイメージを描く。
方法その2.
①両手から黄金の光が、遠く空まで届く勢いで放たれているのをイメージする。
②その手を丹田の上で重ねる。左右どちらが上でもよい。
 丹田に点った黄金光が、全身に広がり、頭頂と足元を突き抜けて広がる。
③そのまま目を閉じ、何秒かしたらに開く。同時に丹田から手を離す。
 目を開き、手を離したときに、「ドリーム」と口に出すか、心のなかで言う。

(2)(1)の位置まで「私」が後退している状態で、
マインド(思考、感情、気分といった中程度の感覚)にある、
全体とミスマッチなヘンな「感じ(周波数)」をZero Point Fieldへ還す。
①空中の適当なところにZPFにつながる窓をイメージする。
②違和感のある「感じ(周波数)」を透明なカプセルに入れることをイメージする。
③鳥を放つような感じで、カプセルをZPFの窓の向こうに放つ。


文字で見ていると、手順がめんどいなー、咄嗟のときにはできんわ、と思われるでしょうが、
大部分がイメージワークなので、慣れると数秒もかかりません。
もっと慣れると、「ドリーム!」「ゼロポ還し!」とか、一発アファメ変換に圧縮されます。

もちろんアレンジしてもかまいませんし、
ご自身のガイドスピリッツなどから伝えられた方法があれば、それにしたがってください。

1月15日(火)

非公開拍手コメントをくださったAさん、あざっす☆
RTLFね、使いまくってますEVERYDAY
それに、昨年、豹専務も自分用のRTLFを買ったので、
うちはRTLF屋敷になってます(笑)。
アレの成分は・・・たぶんコカコーラの成分同様、
トップシークレットなんではないでしょか。
(RTLFってなに? と思われた方は、ブログ右のカテゴリ
「不思議なお店」から分かれてる「RTLF」をご覧ください。)
  1. 2019/01/13(日) 17:11:41|
  2. 仮想集合システム
  3. | トラックバック:0

現実を使って自分の宇宙に回帰する

2019.1.8(火)

引き寄せの法則、イメージング、アファメーション、などなどのスピテクは、
収支、仕事、健康、人間関係などの改善、向上といったように、
現実を変えることを目的として使われることが多かったように思う。
この場合、現実とは物理像(濃い感覚)とマインド(中程度の感覚)のことである。
しかし現実を変えることを目的にすると、目的に設定した時点で、
仕事の状況とか金銭とか身体とか上司とか、
変えたい現実を操作の対象として客体化し、
即時に「私」も、宇宙を感じるとともに出現させる当事者視点から、
物体でできた世界のなかに投げ込まれた物体(身体)に転落してしまう。
どんなスピテクを使っても、現実の変更を目的にしたとたん、
「私」に先んじて物体でできた世界があり、
そのハコのなかで物体(身体)の「私」が外部環境を操作して変える、という、
客体‐空間‐時間思考システムにもとづく常識的アプローチの延長になる。
「私」と操作対象は、
物体でできた土俵上で物体vs.物体の同格となって真っ向勝負するわけで、
「私」がわざわざ一物体に化身して堕天したことによって、
操作対象の力は相対的に強力になる。
   ↓ 要約
現実を変えることを目的にすると、目的にした時点で、現実にかえって力を与える。
「正攻法では変えがたいからスピテクで」というアプローチは、
現実の変えがたさを認めていることになる。

じゃなくて、現実が居心地悪かったら、
マインドで感じているその居心地悪さをZero Point Fieldへ還せばいいわけ。
それには、その居心地悪さがただの「感じ(周波数)」としてとらえられるところまで、
「私」という視点が後退していなければならない。
つまり現実が居心地悪いというのは、
自分と合わない「感じ(周波数)」だというサインなので、
①「私」がただの当事者視点に戻ること、
②①視点から自分と合わない周波数をゼロポへ還し、本来の自分の宇宙に戻すこと、

というのが着地点になる。
要するに「私」を軸とする本来の宇宙に回帰することが目的なのだ。
そうなったとき、何らかのスピテクが必要なら直感的にわかるので、
そしたらばんばん使えばいいと思う。
実際、自分用のメソッドやアファメなどが降りてくることは、よくあります。

実例をひとつ紹介。
昨年12月はじめごろ、ある人から、電話で「深刻な病気かもしれない」と訴えられた。
この人は、昨秋くらいから体調がわるく、
終活ノートを作成しているとかなんとか言って、そのときも電話があったのだが、
このとき私は、「問題の中身をチェンジしたんだな」と思った。
従来、この人の問題の定番は仕事上の人間関係(自営なので対お客さん関係)
だったのだが、数年越しの付き合いがあった困ったお客さんとの縁が切れたので、
今度はその問題醸成器のフォーカス先を健康・寿命分野に変えたのだ。
問題を立ち上げてそれに悩む、憔悴するという型は変わっていない。
それから治療してはいるものの症状はあまり変わらず、
別の医師に診てもらったところ、
深刻な病気が危惧されるから大きな病院で検査するよう勧められ、
明日、その検査に行くのだという。とり乱して切迫した声である。
私は、私の「私」にまかせて応対し、この人の話を全面笑い飛ばしモードで聞いて、
「もし余命何か月とか言われたら、それまで先のことを考えてやらなかったことを
全部やればいい。私ならそうする」とか、
「ヒーリングとか代替療法とか、何でも試して自分人体実験すればいいじゃん。
私ならそうする」
というような受け答えをしていた。
相手の人は、薄情だとか思いやりがないとか言って私を非難していたが、
そのうち、私のあまりの能天気なポジティブぶりに、「ダメだわ。この人、宇宙人だわ」
という感じで呆れはてて、電話を切ってしまった。
電話が切れたあと、私は、この電話から受けた疲労感とか、
この人の問題起動グセを分析する自分の思考などを、まとめてZero Point Fieldへ還した。

ポイント①
人からネガティブな話を聞かされたとき、「それはたいへんね」とか「心配ね」などと
同調しないほうがいい。
相手のネガティブな波動を増幅させるし、自分も周波数が下がってしまう。
ネガティブな話題には参加しないのがベストだが、何か応答を求められた場合には、
上述のようにハイヤーセルフに回答を委ねるか、
淡々と聞きながら、ネガティブなマインド波を溜めないように、聞いた先から流す。
Zero Point Fieldの窓をつくっておいて、話がそこに流れていくのをイメージしながら
ヒアリングするといいかもね。

ポイント②
人からネガティブな話を聞かされたりしたとき、
相手を直に遠隔ヒーリングしたり、お祈りしたりせず、
自分が抱いた感情、気分、相手に抱いたイメージや状況についての思考などを
Zero Point Fieldへ還す。
自分のほうを整える。
そのうえで、遠隔ヒーリングやお祈りをしたりしたほうがいいという直感指示があれば
やってもいいが、基本的には他人のことはフル放置でかまわない。


年が明けて6日、同じ人から電話。
深刻な病気は杞憂で、ただ深刻でない原因が口腔内にありそうなので、
そちらを治療することになりそうだという。
前の電話では、この人の声は暗くて騒々しかったが、今回は明るく騒々しくなっている。
私は「量子飛躍キタな」と感じた。
最初の電話で、私が大人の応対をして「たいへんね」式の同調をやっていたら、
この人は深刻な病気と診断されていたかもしれない。
言葉ではどうしようどうしようと言いながら、この人は深刻な病気やる気満々だったから。
あのとき、(相手の宇宙ではなく)私の宇宙には、
(1)この人が深刻な病気と診断された現実
(2)この人が深刻な病気ではないと診断された現実
どちらの現実にも行ける可能性があって、
私の「私」が(1)を呼び出すマインド波をすべてゼロポに還して手放したので、
(2)に跳んだのである。
でも、病気かそうでないかという現実はじつはどうでもよく、
病気というのは、ある濃い感覚(五感と痛みなどの感覚)の束からなる物理像に対する、
マインドの(客体‐空間‐時間思考システムによる)仕分けと呼び名なのだから、
ウエイトはそこではなく、「深刻」のほうにあるのだ。
だから、この人は医師から深刻な病気と診断されたけれども、
なぜか本人的には全然深刻でなくなった、という現実もありで、
そういう現実に跳んでもかまわなかった。

なお、2回目の電話では、
今度は深刻でない原因の治療か、もしくは息子が、娘がどうのこうの、とかの別ネタで
話が長くなりそうな気配だったのが、
偶然に! 先方に訪問客があって、電話越しにインターホンが鳴る音がし、
話が報告だけで終わったのである(驚)。むしろこっちに奇蹟を感じた。
  1. 2019/01/08(火) 17:13:22|
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みけ@猫科ホールディングス

Author:みけ@猫科ホールディングス
イタリアの美少年のような女(豹専務)
と同居してるGID
(ジェンダー・アイデンティティ・ディスオーダー)。
人間(♀)仕様だが
中身は外来種(宇宙人)らしい。
血液型:みけ&豹専務とも超B型。
リンクはご随意に。
連絡も不要です。

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