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エア充。

変調波動をZPFに還す(追記あり)

2018.12.1(土)

仮想集合システム(客体‐空間‐時間思考システム)を完全にリリースし、
この思考システムを経由しないで全感覚を感じるとともに出現させること。
それが、それぞれの「私」を軸とする独自の宇宙として存在する、ということです。
この「私」は、
客体(物体)の一部である身体と、身体から生じるとされる主観だけに制限された、
ダウンサイジングされた「私」ではなく、
微妙な感覚(高次)も中程度の感覚(マインド)も濃い感覚(物理像)も、
全部観察即創造している当事者意識です。

仮想集合システムは思考でできた工作物なので、マインドに仕掛けられています。
なので、ここを経由しないで、全感覚の軸という本来の「私」であるとき、
マインドは軽やかですっきりしています。
ときにより、わくわくしたり、ぞくぞくしたり、こんこんと満ちてあふれてくる感じだったり。
わくわくもぞくぞくもこんこんも、
ネガティブがスタンダードになっているシステム枠内ではポジティブマインドですが、
脱システムするとこれが中立です。ふつうです。

濃い感覚ゾーン(物理像)で何が見えたり聞こえたり感じられたりしているかは、
関係ありません。
濃い感覚で何を感じていても、中程度の感覚はすっきり、わくわく、こんこんです。
もともと物理像というのは(身体像も含めて)、感覚は濃いけれどもとても寡黙で、
「この感じはやばい」とか「いいね。これをキープしなくちゃ」とか評価したりしません。
起きることが起きてるだけです。
濃い感覚を評価してああだこうだとおしゃべりしているのは、
システムに牛耳られているときのマインドです。
すべての問題は、システムにコントロールされたマインドで起きます。

本来の「私」、独自の宇宙の軸である「私」に戻ると決めていると、
非すっきり状態、非わくわくぞくぞく状態に違和感を覚えるようになります。
だるかったり、もやもやしてたり、関節や目周りなどにえも言われぬダルミがあったり、
とくに理由はないのに妙に沈んだテンションだったり、
動くのがしんどかったり(逆説的ですが、動くのがしんどいのは「動かないといけない」
と思っているからです)。
これは、言葉やイメージにならないマインドが、仮想集合システムに帰省(?)して、
システムが製造する「問題」や「心配ごと」を探してぐるぐるしているロード画面状態です。
無自覚に客体‐空間‐時間思考していたときは、そんなときもあるさ、とスルーしたり、
自分を鼓舞してがんばる方向にもっていったりしてたのですが、
脱システムすると、これはヘンだ、変調だととらえられるようになります。

そしたら、そのダルモヤな周波数を、Zero Point Fieldに還してしまいましょう。
私の場合、空中にZPFに通じる窓をイメージし、
ダルモヤした「感じ」をガチャガチャみたいなカプセルに入れて、窓からリリースします。
全部で1秒もかからないイメージワークなので、1日に何回来てもへーきです。
何度かZPFにつながって、その感じがわかっている人は、
こういうイメージワークができると思います。
関野あやこさんが提唱されている「アンフィニ」の統合メソッドも、
自分で何度かやってみたところ、非常に効果的だったので、これもいいと思います。
ネガティブな「感じ」を巨大な鉄の塊などの感覚イメージにして、クリスタルのボールに入れ、
スロープに乗せ、手を放す。
と、ボールがごろごろ転がっていって、穴にストン、と落ちるってやつ。
(私的には穴の向こうはZPFです。)
ZPFに還ったネガティブ感は、「私」が観察即創造する前の純粋なフォースに還元され、
リサイクルされます。

私たちは、それはそれは長いこと、仮想集合システムをプレインストールして、
次々とテトリスみたいに降ってくる問題を乗り越えることで人間として成長する、
という仮想人生ゲームを楽しんできました。
いや、オレは楽しんだ覚えはない、むしろつらかったのだが、と抗ったところで、
そんなの天使や宇宙人から見たら十分エンジョイです。
システムを抜けると、エンジョイだったということがわかります。
それはそれは長いこと、というのは時間思考したときの見かたですが、
誰しも、異界から派遣されてきた人だって、
ものごころついたとたん、あるいはウォークインしたとたんに、
仮想集合システムをインストールされるので、長いこと感ができてしまうのだ。
パラレルに散らばっていて量子跳びできる場面データも、システムを通したとたん、
過去世とか来世とか、人生時間量という錘がついた記憶になります。
とにかく長いこと感があって、なじみのある古巣なので、
「あ、こりゃただの思考じゃないか」と気づいたくらいじゃ断ち切れません。
気づきは連続性なしに唐突に、ある場面に射し込んできますが、
その場面からシステムがコントロールしている場面に跳んで帰る、
気がついたらまたログインしてしまっている、ということが起きがちだからです。
だから全感覚の軸である「私」に戻ると決める、
身体も心も「私」が感じて出現させているもので「私」ではない、と振り切る必要があり、
これがコミットメントで、仮想ゲームのアカウントごと消すことですが、
コミットしてもなお、しばらくは、アカウントなしでプレイできるお試し画面みたいなのが
立ち上がってきて、アカウント作成して課金プレイ開始ボタンへと誘おうとします。
でもアカウント復活させるはるか手前で、うしろ髪引かれモードに気がつくので、
クリーニング&リサイクルはすごく簡単になります。
モヤモヤしてたり、ダルかったり、腑に落ちなかったりする違和感周波数は、
そのうち、「私」が一瞥しただけで、
さーせんまちがえましたてへ、みたいにして、自らZPFに還っていくでしょう。

そしたらアナタ、いよいよ夢の次元に突入ですよ。つかもう突入してる。ゾクゾク。

12月2日(日)

ずるずるっと仮想集合システム下の世界に戻っちゃうのは、
マインドが物体世界を気にしすぎているからです。
濃い感覚の集まりを物体としてとらえているのはマインドなので、
これはマインドで起きていることです。
マインドが、マインドにある物体世界を監視してフォローするクセがついてるので、
ちょっとでも物体世界に動きがあると、反射的にフォローに走って、
そこでずるっとシステム世界に戻ってしまう。
 ↑
関野さん動画をご覧になった方は、
映画のフィルムを映し出すスクリーンのほうに近づきすぎてる状態と思ってください。

だったら、物体世界じゃなく、
マインドの明暗を気にかけたほうがいいです。
明るければ「私」の軸が通ってるしるしなんでそれでOK、
暗かったらシステム下に戻りかけてるってことだから、
その暗い「感じ」をZPFに還します。
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  1. 2018/12/01(土) 21:43:38|
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コミットメント~アセンション編

2018.11.26(月)

何度も書いていることですが、宇宙は力学で動いています。
善悪、道徳、倫理とか、関係ありません。
言葉を介するとイメージしにくいのですが、
見えない波が、うぃーんうぃーん、ぴぴぴぴ、とかって動いているみたいな。
全部、感覚です。何らかの「感じ」です。
この「感じ」が波動であり、「感じ」のちがいが周波数のちがいです。
「感じ」が感じられるのは、感じる主体である「私」があるからです。
「私」という字、音声は、身体や身体から生じる主観というイメージを喚起しますが、
「私」は身体や心のことではありません。「感じ」を感じている当事者意識です。
物体像も身体像も、「感じ(視覚や触覚などの刺激の強い、濃い感覚)」であって、
「感じ」の向こう側に、「感じ」の原因になる物体がデンと控えているわけではありません。

微妙な感覚(高次)、中程度の感覚(マインド)、濃い感覚(物理像)、
どの周波数帯域の現象も、
「私」が感じることで出現します。
宇宙にはあらかじめ全部のカードがあって、裏返しになってますが、
「私」が感じることによってカードが表になり、感じられた世界が出現します。
感じるということは、出現させる周波数の組み合わせに指向を合わせる、
チャンネルを合わせる、ということです。チャネリングです。
スピ界では高次周波数帯に指向を合わせることだけをチャネリングと呼んでますが、
白いとか固いとかの物理感覚を感じるのも、何かを思ったりするのも、
ほんとはチャネリングです。

「私」がチャンネルを合わせると、「私」は感じ、感じていることが出現する。
「私」がチャンネルを合わせなければ、「私」は感じず、感じないことは出現しない。

では何が「私」の合わせるチャンネルを決めているのかというと、
①「私」の関心(知りたいという欲求)
②「私」のコミットメント(意思表明、約束、決めること)
この2つです。

全感覚(全周波数帯)を貫く「私」には固有のテーマ、それぞれの関心があります。
個々の「私」がそれぞれに固有のテーマを追究することが、
個々の「私」を感じて出現させている「全私」(『ようこそ☆ZPFへ』でいう0/1帯域)の
関心だからです。

微妙な感覚(高次ゾーン)では、①②はイコールで、分離していません。
知りたい、決めた、感じた、出現、これが全部同時で、区別できません。

微妙な感覚の現れ、すなわち微妙な「感じ(周波数)」は、
中程度感覚(マインド)には、マインドを感じる軸である「私」の関心となって現れます。
わくわく、ぞくぞく、どきどき、なになに? なぜなぜ? みたいな。

中程度の感覚(マインド)では、
「感じ(周波数)」は、微妙な感覚よりちがいがはっきりしていて、
感覚グループ同士の結束が固くなり、それぞれの感覚グループ間が分離するので、
このマインド段階で①関心と②コミットメントが別々になります。
なので、関心があってもコミットしない、かかわらないということもできる。
でも、
ハイアーセルフ‐微妙な感覚(高次)‐中程度の感覚(マインド)‐濃い感覚(物理像)
と、「私」の軸がブレずに通っていれば、
全感覚はコヒーレントになる(一貫する、スジが通る)ので、
①関心と②コミットメントが一致しないということはありません。
関心があれば、自然にコミットが起きます。
そして、マインドの①関心と②コミットメントは、
それと相似形の濃い感覚(物理像)を呼び出し、
濃い感覚ゾーンの「私」がそれを感じて出現させます。
「相似形」というのは、音楽でいう和声のような周波数のことです。
中程度の感覚(マインド)と濃い感覚(物理像)は周波数帯(次元)がちがうので、
マインドで感じるアイスクリームのイメージは、濃い感覚で感じる実物とは異なりますが、
このイメージと実物は相似形です。
マインドの①関心と②コミットメントがあると、
「アイスクリームがない物理像」から「アイスクリームがある物理像」への跳躍移行の
確率が上がり、アイスありのほうを呼び出すわけだ。
わくわくしていると、わくわくすることがやってくる☆

①関心と②コミットメントが一致しないということが起きるのは、
「私」が仮想集合システム(客体‐空間‐時間思考システム)に制限されているとき、
すなわち「“私”とは客体(物体)の一部である身体と、身体から生じる主観のことだ」
と、「私」自身が思い込んでいるときです。
つまり「私」が「感じ」のチャンネルの合わせ先を物理像とマインドだけに制限していて、
微妙な感覚(高次)をスルーしている状態です。
世界は客体(物体)でできているのだから、物体(身体)の作用として説明できる
マインドはありとしても、微妙な感覚(高次)なんてないです、気のせいですよ、
ということになっている。
と、いくら微妙な感覚(高次)の①関心と②コミットメントが、
マインドに①関心として投下されても、わくわく、ぞくぞくしても、
「いいじゃんこれ、やってみよう」とか、即、行為が起きるとかにはならないで、
「そんなことしてる場合じゃない」とかって、優先順位をどんどん下げていくんですね。
あるいは逆に、全然興味がないことに「仕事に必要だから」「みんなそうしてるから」
という理由でコミットして、すっごく苦労したり空回りしたり達成してもうれしくなかったり。
すると、高次から投下された関心波動は「“私”のコミット待ち」になって、実現しません。
「私」がシステム下にいると、時間思考のシバリもかかるので、
「コミット待ち」が時間思考でいう「来世」まで及ぶこともあります。
本来の「私」はシステムの線形時間思考には縛られず、
一か月も何百年も関係ないので、へーきで待ちます。
また、高次からの関心波動に気づかないくらいシステムにハマってる人もいます。
そういう場合は、まず「わくわくしないことをやめる」ことからはじめて、
「私」にかかったシバリを緩める方向から入るといいかもしれません。
(↑動画や著書によると、関野あやこさんは、システム云々という言いかたはしてませんが、
かつては「わくわくがわからない」人だったので、ここからはじめたとのことです。)

仮想集合システムの目的は、
(1)「“私”は客体である身体+身体から生じる主観だ」と「私」に思い込ませ、
観察即創造主の能力を封印しておくこと。
(2)システムを維持すること。
ですから、システム下の「私」の最優先課題は、
(1)´寿命が尽きたら終わる「私」をできる限り延命させること。身体の寿命は尽きても、
主観のほうは次世代に継承してもらって延命をはかる。
(2)´次世代にシステムを継承させ、(1)´のプレイをつづけてもらうこと。
要するにサヴァイヴァルであり、これに関係ない関心ごとはあと回しにされます。
システム下にいるうちは、システムの要求する(1)´(2)´が第一の関心ごとになるので、
「わくわく」みたいな将来の見通しの立たない方向には舵を切れません。
また、場面の跳躍(奇蹟)を含むような願いごとは、
システムの目的その1「“私”の能力の封印」に反するので、実現しません。

「私」が意のままに(固有の関心のままに)、わくわくしながら全感覚を感じ、出現させる、
そういう観察即創造の軌道にジャンプしたければ、
①自分に関心がある
②「本来の“私”に戻る」方向に振り切る、そうすると決める
この①関心と②コミットメントが両輪になります。


①について。
これは、「本当の私はどういう人か(何星人とか転生サーガとか天命とか)」ではなく、
「“私”というこの意識」に関心があることをいいます。
①の関心をもつ人は、精神世界に惹かれることが多く、
ビジネスとかアートとかニートとか腐界とか、全然関係なさげなところにいても、
結局はデムパの海にたどりついてしまいます。
しかし超常現象、オカルト、悟り、などなどに興味があっても、
①が牽引しているのでなければ、コミットメントへ至る臨界値には達しません。
「アセンションしない人はいないが、時機は人それぞれ」になるのは、
①の関心が満ちる時機が人によってちがうからです。

②について。
在地球ヒューマノイドの私たちには、仮想集合システムがプレインストールされています。
地球人はもちろん、たとえ地球の外とか異界から派遣された人であっても、
最初は、常識的な世界観、空間思考、時間思考の枠内で目覚めがはじまります。
なので、システムが適用された世界にまだリアリティがあるうちに脱出宣言して、
「“私”に戻る」方向に振り切らないといけないのです。
これは「“私”は物体でできている」から「“私”の感じた感じが物体像として現れる」への
180°転換であり、
①のあと押しがあっても、人によってはそう簡単には決心がつかないかもしれない、が、
この決心なしに別軌道にジャンプすることはできません。
仮想集合システム内でうまくやりながらアセンションする、って、
フタマタはかけられないのよ。システムがアセンションを止める思考装置ですからね。
  1. 2018/11/26(月) 16:31:14|
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コミットメント~お金編(追記あり)

2018.11.20(火)

前々回の記事(2018.11.12「コミットメント」カテゴリ:コミットメント)で、
おスピなメソッド「アンフィニ」の開発者である関野あやこさんのセミナー動画を
URL掲載の形で紹介した。

風の噂によれば、関野あやこさんはスピ界ではかなり賛否が分かれる方らしく、
というのも、セミナー料金が非常に高いからであるらしい。
また、ワクワクしていることをしていればすべてうまくいく、はず、なのに、
関野さんは一度、事業に失敗している。

しかし、セミナー料金が高いといっても、
関野さんの場合は、その内容をYoutube動画でネタバレバレに大公開されていて、
知ろうと思えば一連の無料動画だけで内容はわかるし、習得もできるのだ。
本も何冊か出版されている。
ということは、リアルなセミナーに参加する人たちは、
動画や本で独習して、それでもなお3次元のセミナーに出たいという人たちであって、
ボッているとはいえないのではないか。
また、一度、事業に失敗しているといったって、そりゃ仮想集合システム(客体‐空間‐時間
思考システム)の枠内でとらえたときの失敗判定であって、
この枠からはずれてしまえば、システム枠内の成否判定なぞ、もはやどうでもよろしい。
少なくとも私にとってはどうでもいい。
「私」が全感覚(全次元のレイヤー)を貫く軸で、何かを感じ、出現させている、
ということは、ただそうだというだけのことで、システム枠内の成果を出すためではない。
「私」が何かを感じて、出現させている、ということがわかってくると、
成功とか失敗とかの概念がぼやけて、リアリティが蒸発する。

でもそれはそれとして、
セミナー料金が高いってハウマッチ? と思い、「アンフィニ」のサイトを見てみたら、
「宇宙のクラス」という3~4か月全12回宿泊リトリート付きのセミナーが、
受講料金ひゃくにじゅうまんえんぷらすぜい、ってペロ~ンと書いてあった。

7ケタ・・・キタ━(゚∀゚)━!

これだけのお金があったら・・・そうね、オーボエが買える。
ペアでの参加だったら、ファゴットが買える。

いやいやいやいや、私、おスピな業界ではこれより高い料金も見たことあるし。

・・・などと踏ん張っても、サイト画面を前にして金銭感覚がガランガラン崩壊して、
自分の金銭感覚には、まだ仮想集合システムの秤が残ってたって気づいたわ。

ボーゼンとしてたら、ここでソフィア@シリウスから下記①~③のようなメッセージが。

①仮想集合システムに制限された世界では、
地球人は、マインドに負った負債を貨幣に象徴させ、
負債を祓うツールとしてお金を用いてきた。

これを簿記的に表すと、
(+)物やサービス/(-)心の負債
      ↓ 決済
(+)心の負債/(-)現金

②仮想集合システムに制限されず、
全感覚(高次、マインド、物理像)を「私」が感じて出現させている世界では、
お金は物やサービスへのコミットメント(決心、約束)を表示するツールになる。

(+)物やサービスへのコミントメント/(-)現金
      ↓ 決済
(+)物やサービス/(-)物やサービスへのコミットメント(コミットの完了)

③これが定着すると、コミットメントをお金で象徴させる必要はなくなる。
と、コミットしただけで、どういうわけか物やサービスが入ってくるようになる。
(ルート不明というところが意外と肝心で、ルートをあきらかにしようとすると、
①世界に戻ります。)

(+)物やサービスへのコミットメント/(-)未達の物やサービス
      ↓ 決済
(+)物やサービス/(-)物やサービスへのコミットメント(コミットの完了)

マインドに負った、心の負債というのは、
物やサービスを享受するには、お返しの物とか労役とか、対価を差しださないといけない、
という義務感です。
仮想集合システム下にある大小集団の決まりにしたがって、
等価とされる物ないし労役を差しださずに物やサービスを受けとると、
集団からハブられたり、集団内の地位が下がるという形で、
自分のステータスが落ちるからです。

仮想集合システム下では、「私」に先んじて客体(物体)があり、
「私」はその客体の一部である身体と、身体から生じる主観であると了解されています。
「私」の感知範囲は、
濃い感覚(身体像を含む物理像)+中程度の感覚(マインド)に制限されていて、
微妙な感覚(高次周波数帯)から先は「立入禁止」になっています。
と、微妙な感覚のさらに先の「空(くう)感覚」であるZero Point Fieldにつながれない。
ZPFは「私」の起原であり、「私」を使って全感覚帯の光景を出現させているフォースです。
ZPFと「私」の関係については、ここでは詳述しないので、
ブログ右にある「出版案内3」の『ようこそ☆ゼロポイントフィールドへ』を参照してください。

ともかく、ZPFとのつながりを欠いた「私」は非常に不安定で、
「私」を自身で承認することができず、
「私」が観察/創造しているはずの対象(他人、神など)に「たいへんよくできました」と、
自分を認めてもらわないといけない。
つまり仮想集合システム下にいると、
「“私”は欠けた不完全な存在である」という位置づけが当たり前になって、
たえず他者に承認を求め、承認を得るためにたえず奮闘努力しなければならない。
この承認を得るための行為のひとつが「対価を差しだす」ということです。
もし物やサービスを無償で受けとると、
自分は他者の承認に値しないと自分で認めたことになるので、たいへん居心地がわるい。
文化人類学の調査対象になるような集団では、
そういう人に赤裸々なアウト宣告が下されるケースもあります。
しかし一般的には他人に非常識だとか恩知らずだとか思われる前に、
まず自分のマインドで自身のステータスが落ちてしまいます。

物やサービスを受けとったら、
自分で自分の欠乏、不足を埋められると他者に証明する、と同時に、
自分は他者の承認に値すると自分のマインドに示さなければならない。
お金というのは、
このようにして生じる他者への「お返し圧」を祓うための象徴的ツールです。

しかし、仮想集合システムがただの思考工作物であることに気づいて、
そこからはずれた人は、
「私」が全感覚を貫く軸になり、
「私」のてっぺんであるハイアーセルフをとおしてZPFにつながるので、
ただ「私」であるというだけで完全な存在であり、存在価値があり、
対象からの承認を必要としません。
したがって、物やサービスを受けとっても心の負債は生じないので、
「お返し圧」のお祓いもいりません。

こういう人にとって、物やサービスを受けとるということは、
「“私”はその品物やサービスを、高い周波数で(ワクワクして)使う、消費する」
と意思表示(コミットメント)した結果です。

じつは①の仮想集合システムワールドと②③とは別の軌道、別の世界ですが、
②と③はそんなにちがいません。
②はコミットメントと物やサービスとの間にお金が介在しており、
「コミットした物やサービスの購入に必要なお金が入る→物やサービスを受けとる」
と二段がまえになっています。
これは、お金が「心の負債」を祓うのではなく、
「私」のコミットメントを表明する象徴ツールになったことを意味します。
③はそれがダイレクトになっただけ。

おもしろいのは、①から②③への軌道ジャンプは、社会が変化してそうなるのではなく、
まったく個人的に起きる
ということです。

②③に移りたいのであれば、まず脱システムが大前提ですが、
ケタ数に関係なく、数円~数百円の物やサービスを買うさいも、
公共料金などの領収書を確認するのでも、
「対価の支払い」や「生活必需品の補充」ではなく、
「“私”はこれを高い周波数で使う」と意思表示する(コミットする)とよいとか。
(↑ソフィア@シリウスからの助言)

さてセミナー料金1,200,000円(税抜)ですが、
①のゲーマーにとっては、ざけんな、ってな価格でしょうね。
そもそも、おスピなサイトなんか見ないでしょうし。
でも②③の人にとっては、
コミットしてなければ関係ないし、
コミットしていれば、何らかの形でお金が用意されたり、
なぜかわからないけど参加することになるのでしょう。
筆者(みけ)の宇宙では、
まだ仮想システム下の経済常識とポストシステムの循環経済が混交、並立してるので、
このケタ数は、コミットメントの明確さを求められる金額になっていると思います。
ようつべで決心が固まったやつだけかかってこい、ハンパなのはお呼びじゃない、
ってこってすね。あくまで私の見解ですが。

11月22日(木)

昨日、指導教官とのデンワ中に入ったソフィア@シリウスからの追加情報。
「アストラル通貨ができるのではなく、通貨がアストラル化する」
  1. 2018/11/20(火) 16:27:21|
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コミットメント

2018.11.12(月)

3次元の物理像とは、
「冷たい」「固い」「水色」「痛い」といった濃い感覚の集まりにすぎません。
この感覚の濃さ、刺激の強さが、精神世界でいうところの3次元の周波数です。
これらの感覚の向こう側にそのもとになる客体(物体)があるかのように思わせ、
これらの感覚を感じている「私」というのも客体(身体という物体)からできている、
だから全客体に当てはまる一律に広がる空間、一律に流れる時間の制約を受ける、
という思い込みが客体‐空間‐時間思考システム(仮想集合システム)です。

たえず湧いてくる思考のベースになっているこの大常識が、ただの思考工作物だと
わかると、
それまで思考システムに制限されて「私とは身体である」とか「私とは身体の生理反応から
生じた主観である」とか、客体(物体)という思考と同一化されていた「私」が、
濃い感覚(物理像)‐中程度の感覚(マインド)‐微妙な感覚(高次ゾーン)を貫く軸に戻り、
感じるままに(観察したように)現象を出現させる(創造する)ようになって、
ワクワクしたり、しあわせだったりするのが、とくにポジティブではなくふつうになります。
たとえば私は、先日、コーヒーカップの茶渋を落とすことにすごくワクワクしていて、
なんでそんなことに心躍らせていたのか、さっぱりわかりません。
そういうことがしょっちゅうある。
「日常の雑事にも喜びが~」とかそんなヌルいんじゃないんですよ、
全部非日常なのだ、一挙手一投足が遊びなのだ。
宿題ゼロで、遊びの予定がぎっしり詰まった夏休みに突入! みたいな。
「みんな」の合意現実じゃなく、「私」だけの現実創造は、ここからはじまる。

あるとき、何かのきっかけで、客体‐空間‐時間思考システムが思い込みだと気づいても、
人とやりとりしたり、何か用事をしているうちに、
またふっと客体(物体)のカタマリの「私」に戻る、
先のことを考えて用事を早くかたづけようとしたり、人を説得しようとしたりして疲れる、
そしてまた思い込みに気づき、
なのにまたいつのまにか思い込んでいて・・・というのはよくあることです。
この行き来が起きるのは、まだ仮想集合システム世界と、
システムによって「身体+主観」にダウンサイジングされた「私」になじみがあって、
まだそっちにリアリティがあるからです。
電子が一瞬、別の軌道に跳んで、またすぐもとの軌道に戻るみたいな。
でも、あの思い込みに気づいているときの「私」、
全感覚(全周波数)を感じ、出現させる視点である「私」、
こっちが本来の「私」である、こっちに戻るのだと決心していれば、
些細なことで頻々と気づくようになり、気づく機会が圧倒的に増えるので、
そのうち行き来は減り、跳んだ先の軌道に完全にシフトします。

この決心がコミットメント(commitment:約束、公約)です。
コミットメントせず、
「物体があって、みんないっしょの空間が広がってて、みんないっしょの時間が流れてて、
“私”もみんなも物体で、生まれて、生きて、かかわり合って、老いて、死ぬ、
それも趣きがあっていいかな。陰(かげ)があるからこそ人生の奥行きが増すんだし」
「地球人でいるって、そういう制限を経験するってことだし、これも魂の成長のための学び」
「お願いごととか、そりゃある程度はかなうけど、かなわないことも実際あるし・・・。
“私”が一切を創造するとか、そこまで風呂敷を広げるのってどうなんだろ」
とかなんとか、どっちつかず状態だと、覚めて、眠って・・・の往復はずっとつづきます。
「身体+主観」にダウンサイジングされた「私」と、
観察即創造する「私」との分離も、
「(スピ用語でいう)エゴvs.ハイアーセルフ」みたいな形で、延々つづきます。
これが(一度は)目覚めた人たちのダブルスタンダード状態です。
人によっては、二度寝してしまった自分を叱るというプレイも付いてきます。

コミットメントというのは、
システムが牛耳っているゲームからログアウトするだけじゃなくアカウントごと消す、
そういう振り切るという決意、意思なので、
アンテナの向き、志向がぐるっと変わっていれば、自然に起きます。
何かに興味をもつと、それについての情報を集めたり、
公演などのライブイベントがあればチケットをとったり、
技術が必要なら習いに行ったり、練習したりします。
こういうアクションをするときの「もっと知ろう」「やってみよう」という意思がコミットメントです。
でも「そこまでするほどじゃないな」「今はまだいいわ」だったらコミットしないので、
アクションは起きません。
つまり関心が強ければ、自然にコミットメントは起きるし、せずにおれなくなる。
なので、とくにアファメーションをつくって心のなかで唱えたり、
宇宙を感じる点とか眼になって光や水を出現させるイメージを描いたり、
しなくてもイケますが、
そういうのがあったほうが景気がついていい人は、自分でつくってみるといいでしょう。
ただ逆に、関心がないのにコミットメントだけしても効きません。
「興味ないけど、お世話になった人からの誘いで、断れないから見に行く公演」
みたいなもので、それだとたぶん楽しめないでしょう。

なお、日本人のバシャールチャネラーのひとりである関野あやこさんは、
セミナー動画のなかで、上述の行ったり来たりを、
「右手が利き手の人が、左手で箸を使おうとするときに起きる揺り戻し」
として説明しておられます。
右手が利き手の人が左手で箸を使おうとすると、
生活するうちに、自然に右手で箸を使ってしまっている。
あ、ちがうと気づいて、左手でもち直す。
でも、またいつのまにか右手に戻っている。
またちがうと気づいて、左手に直す。
こういう繰り返しが起きるのは、
物理像を実体化して、そこにハマり込んで生きるのにすごくリアリティがあって、
右手で箸を使うのがナチュラルなのと同じくらい、
ナチュラルになってしまっているからだ。
しかし、「左手で箸を使う」とはっきり決心して、意識をそっちに振り向けていれば、
うっかり右手でもってしまうという揺り戻しは減るし、
うっかり右手でもってしまうことがあっても気がつくのが早い。
そして、ついには右手で箸をもつことに違和感を感じるようになる。
これが本当の「分離の統合」です、と。
(「分離の統合」とは、みけ的にいえば「“私”の復元(同時に脱システム)」です。)

<参考>
このセミナー動画は約1時間半もあるので、「お試し」には不向きです。
がっつりコミットしたい方だけどうぞ。
内容は、関野さんが主宰されている「アンフィニ」のメソッドを知らなくても
わかります(私は知らないで拝見しました)。

2018.9.22 目醒める角度を受け取るクラス①(約1時間半)
https://www.youtube.com/watch?v=wq-lYg0K1tk
  1. 2018/11/12(月) 16:59:29|
  2. コミットメント
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みけ@猫科ホールディングス

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イタリアの美少年のような女(豹専務)
と同居してるGID
(ジェンダー・アイデンティティ・ディスオーダー)。
人間(♀)仕様だが
中身は外来種(宇宙人)らしい。
血液型:みけ&豹専務とも超B型。
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