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ソロ・パブリッシュ

エア充。

『カラマーゾフの兄弟』から脱線したデムパなはなし

2018.6.28(木)

光文社の「古典新訳文庫」シリーズとして刊行されている、亀山郁夫氏の翻訳による
ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を読了(5分冊! なっが!)。

この小説は、下位チャクラだけで生きてるようなカラマーゾフ家の家長、フョードルを
鈍器で撲殺した犯人を突き止めていくという、ミステリーの形をとりつつ、
ややデムパがかったキリスト教信仰の実態、神や悪魔が存在するか否かを問う問答、
社会の下層にいる人々の生活描写などを織り込んだ、長大な作品です。
いろいろなことが起こり、いろいろなことが話されるが、
全体の眺望として牧歌的な印象だった。

翻訳者の亀山氏は、5巻に付された解説で、この小説を「象徴層」「(ドストエフスキーの
経験記憶が反映されている)自伝層」「物語層」の3層構造としてとらえている。
この3層は、私の読みというかデムパリーディングでアレンジすると、
①象徴層―神、悪魔、キリスト、人類、大地、無垢の子ども
②記憶層―登場人物の幼少年期の記憶、記憶の磁場から生じた反応パタン、記憶から
 漉された思想(神や不死はある/ない、神はいるとしても神の創造した世界は駄作だ説、
 リアリズムなど)、これらのうち作家の経験記憶が織り込まれている部分
③物語層―色恋、お金、サヴァイヴァル、暴力、19世紀ロシア版スクールカーストなど
という感じになっていて、牧歌的と見えたのは、
③で何があろうと、②がどうなっていようと、①がみんな同じで、ここで皆がつながるからである。
①というのは、ひと言で要約すれば、ロシア正教の衣をまとった言語下の聖俗感覚である。
地球人集団がこういう小説に描かれたような村だったならば、
一斉に同じ幻覚を見て、“現実”という、それよりやや濃い目の幻覚が変容する、
集合アセンションができたのかもしれない。
(でも実際には、どの層も作者ドストエフスキーの個体宇宙なんだけどね。)

地球人の周波数が低いままだったから一斉アセンドできんかったのよ、
という見かたもありますが、周波数なんぞ低くたってかまわんのよ、
ある程度、そろってさえいれば。

私の宇宙ではむり。私の個体宇宙に住んでいる人たちの場合、
③の象徴層こそがばらばらで諸子百家状態、さらには、
②の記憶層に、過去世とか別世などという時間形式で開くデータが入ってきた場合、
②と③の区別はあまり意味がなくなってしまう。
というのは、②が③のリニア時空間の感覚から切り離されて広がるために、
惑星の創成とか破壊、楽園からの意図的な墜天とか、シャンバラでチャンバラ(←つまらん!)、
宇宙戦争、などなど、中二病チックな語彙でしか翻訳できんようなテーマが跳梁跋扈し、
①の天上的なサーガと大差なくなってしまうからである。
そうそう、①と②は統合される、といってもいいな。つまり、
①象徴‐記憶層―ソウルレコード(<人類>のアカシックレコードではなく、個体宇宙のデータ
 レコード。時空間に制約されない)
②作業メモリ―マインド帯域に属する思考の一領域をなす、リニア時空間を前提とした記憶
③物理像―五感+身体内として感じられる感覚で認識している宇宙像
というように再構築される。

このうち、①について、
私が私の個体宇宙に住んでいる人たちとの共通項を見出そうとして、言葉を交わしたとしても、
おそらくはすれちがいに終わる。
用語とか、断片的にあるいは一時的に重なることがあるとしても、
それぞれが独自のデータ(記憶)構成をもつコスモスとして存在していて、
独自のメタフィジクスで動いており、
それぞれが直覚で「だってそうなんだもん!」と感じているのだから、
私を含めてどうにも始末がわるい(笑)。
ただ、言葉のうえでは正反対のことを言っていたり、かみ合わないAさんとBさんが、
言葉を聞き流し、読み流ししてソースコードにする(エネルギーリーディングする)と、
同じことを別の表現(象徴体系)で言っているだけだとか、
ひとつ上の次元で一致する、ということがわかる場合もあります。
ひとつ上の次元で一致するとは、阪神ファンも中日ファンも同じ野球好きである、みたいな。
むろん、相当高次まで行かないと一致をみない(つまりほっとんど共通点がない)
というケースもあります。
上の例でいうと、阪神ファンとアイドルの誰某のファン、みたいなもので、
「野球」も「スポーツ」も共通のベースにはならず、「人間のエンタメ活動」といったあたりまで
ロングショットにしないと同じグループとはみなせないケースです。
なんにせよ、迎合も折伏もせず、我彼のちがいをそのまま承認すれば、
共感を超えて共存することは可能です。

私の個体宇宙の実状がこうである以上、アセンドするとなればセルフ方式しかない。
セルフ方式では、著名な先生やカリスマの言動を参照して答合わせをすることができない。
でも、ハイアーセルフ‐高次帯域というタテのやりとりがユージュアルになると、
答え合わせをしようという発想がなくなる。
何か一致する情報が必要なときは勝手に入ってくるし。

それとセルフ方式だと、大規模な集団幻覚イベントが起きる確率は非常に低いけど、
ひとり幻覚イベントが起きる可能性はおおいにあります。
私の場合、どうも小分けにして何やかや起きているらしく、
最近では、6月の半ばあたりから夏至にかけて、連日ヘンテコな夢を見、
夏至の夜には、寝る直前にあたまというか首から上が吹っ飛んだ、みたいな雷撃的衝撃が
ありました。不快感はなく症状でもないけど、ただびっくらした。
この種のイベントは、スピリチュアル用語で「ゲートが開く」とか「アクティベーション」などと
いわれてる現象で、
要するに何がしかの意識の扉がひとつ開いて、個体宇宙の域が広がること、
広がったぶん、本来の状態に回帰したことを意味します。
これが物理像にどう影響するかは、考えてもわからない、というか私の場合、
考える必要を感じないので考えません。
イベントなんか仕掛けずに、なだらかに自然に回帰していくパタンもあるかと思うので、
こういう不思議な出来事がなくてもがっかりすることはなくってよ。
とくに不思議なことはなんにも起きてないけど、
気がついたら自分即宇宙だったわ、いわく言いがたし、
ってのがいちばんエレガントかもしれない。
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  1. 2018/06/28(木) 15:41:07|
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『響け! ユーフォニアム』を読んで

2018.4.4(水)

図書館がリニューアルオープンしたので久々に出かけてみた。
棚の位置が前と変わっていて、ライトノベルコーナーにあった『響け! ユーフォニアム』
(武田 綾乃/宝島社文庫)という本が目に留まったので、借りて読んでみた。
これは、かつては全国大会金賞レベルだったが、県大会サイテーレベルにまで落魄してしまった
高校の吹部(吹奏学部の略称)が、顧問の先生に優秀な指導者が就いて、
ふたたび全国大会をめざすようになるというお話である。
最初のほうでは、レベルが落ちた部内には投げやりな空気が蔓延しているのだが、
1~3年生あわせて81名(!)と、部員数は多い。すげえな。少子化なのにな。
それと、先輩後輩の関係がユルいな。これが21世紀というものか。
ワシがおった部はもっと露骨にブラックだったわ。
でも部活というのはきほんどこもブラックだったんで、ブラックさに気がつかんのよ。
いまの世では、パワハラセクハラ、モラハラにアルハラ、種々のハラスメントが取り沙汰されるが、
それらが問題視されるようになったのは集合マインドが向上した証だと思う。

この吹部では、コンクールに出場するメンバーとともに、楽曲にソロがあるパートでは、
誰がソロを演奏するかがオーディションで決められることになった。
で、トランペットパートでは、3年生の香織先輩ではなく、1年生だけど圧倒的に巧い高坂麗奈が
ソロを受けもつことになる。この結果に不服な2年生の優子先輩が、麗奈に「おめーが譲れよ」
と迫るも、麗奈は引かない。このときの麗奈の言い分が、
「香織先輩よりアタシのほうが上手いから、だからアタシがソロなんですよ」
そこからもうひと悶着あって、
「ケチつけるなら、アタシより上手くなってからにしてください」
である。
よし、よく言った! と、オレは喝采したぞ。
トランペットパートというのは、音が大きくキラキラしく、主旋律とかハデなパッセージが多く、
ちょっとでもしくじると素人耳にもわかってしまう。
しかもソロがあるということは、たぶん麗奈の担当は1st奏者(1st~3rdに分かれている)であり、
ハンパない激烈なプレッシャーがかかるのだ。
このくらいのことを言えるようなタマでないと、トランペットのソロなぞできゃせん。

この騒動は練習中も尾を引き、コンクール直前にちょっとした出来事があって丸く収まるのだが、
実際にはそんなに引きずらないだろうな。
当の優子先輩や香織先輩をはじめ、みんな自分のことに一杯一杯になって、
引きずってる余裕がないからよ。
そしてコンクールが終われば(上の大会に進めばさらに燃え尽き度は上がる)まっ白な灰になり、
「そんなこともあったかな・・・なんだったんだろうね」的な空気に融解してしまう。

上記のような状況が他のパートで起きたら、きっとこんな感じじゃなかろうか。

<ホルン、オーボエ>
1st奏者になった麗奈が、
「ソロがないパートはどうでもいいんでしょうか? 2ndや3rdはヘタでもいいんでしょうか?
じゃないですよね? この2ndの譜面見てくださいよ、ここ、目立つし、難所です。
私的には審査の重要ポイントだと思います」
などと音楽論のほうへもっていき、楽曲について滔々と長広舌をふるってケムに巻く。で、
ケチをつけた優子先輩がまっ先に「だね。どのパートが大事とか、ないね」と説得されてしまう。
ちなみにホルンは4thまであり、オーボエは2ndまでしかない。

<フルート、クラリネット>
香織先輩が怒るか泣くかして音楽室を飛び出し、麗奈があとを追う。
「すみません、こんなことになるなんて・・・」
「いいの、高坂さんのほうが上手いんだから。それはわかってるんだ」
てな辛気くさい会話が廊下などで展開し、
周りを香織先輩の友人、1人パートのピッコロやバスクラリネットやファゴットの人などが囲み、
「それぞれ自分のパートがんばろう」的な文句で手打ちになる。
クラやフルートは16分音符、32分音符の細かい旋律、パッセージが多く、
運指やブレスのことで必死になるので、たぶん翌日にはうやむやになる。

<サックス>
麗奈が2、3年生から「降りろ」と迫られることはない。
ただ香織先輩のモチベーションがダダ下がりして3~4日、部活を休む。授業がすんでもすぐには
帰宅せず、部活が終わる時間までゲーセンやファミレスなどにいる。電話には出ない。
翌週の月曜日あたりに何ごともなかったかのように復帰し、練習を再開。

<トロンボーン>
香織先輩は「はぁ?」とふてくされた表情を隠さず、優子先輩は机やイスなどを蹴って八つ当たり
するが、揉めるのはめんどうくさいので、それ以上のことは起きない。
ほとぼりが冷めても、優子先輩はときどき「ミスんなよ。許さんど」と軽く麗奈を脅す。

<パーカッション>
誰もぐずぐず言わず、顧問の指示に従う。

<チューバ、ユーフォニアム、コントラバス>
香織先輩「がんばれ」、麗奈「はい」、といった言葉数の少ない淡々としたやりとりがあるのみ。
ソロ奏者発表時、優子先輩は、一瞬「ええっ、こんな下克上ありか!?」とは思うものの、
「今日は○△屋の惣菜が特売だから、夕飯はメンチカツじゃないかな、それともカツ丼」
といった類の思考がクレッシェンドしていって、音楽室から麗奈が出ていっても気がつかない。

<本のデータ>
書名/響け! ユーフォニアム ~北宇治高校吹奏楽部へようこそ
著者/武田 綾乃(たけだ あやの)
発行所/株式会社 宝島社(宝島社文庫)
発行年月日/2013年12月19日
価格/657円+税
  1. 2018/04/04(水) 18:20:50|
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『レベレーション』(漫画)の超デムパ読み

2018.1.13(土)

『レベレーション―啓示―』(山岸凉子/講談社モーニングKC)の3巻を読んだ。
オルレアンの乙女軍人ジャンヌ・ダルクの漫画です。
1、2巻もアゲインでイッキ読み。すっげおもしれーわこれ。
ところどころ腕の位置とか首と体幹がズレててヘンとか、デッサン人形的にちょっとアレで、
豹専務いわく「山岸先生はむかしからそうなのよ。身体の向きがこうなると首と腕がこうなるのは
この人の癖で」と、絵の描ける人らしい鋭い指摘が。しかしそんな重箱の隅っぽいアレはさておき、
描いている人ご自身が視える系だけあって、
お告げが降りてくる場面とか、お告げにとまどいつつも駆り立てられていく主人公の心、
「神の声を聴く娘」降臨に揺れたり高揚したりする人心、坊さんたちのやっかみ、
などなどの描写が、15世紀にカメラを持ち込んだかのように迫真である。
これから、ジャンヌがミッションに呑まれていく過程もどう描かれるか、わくわく。
なお15世紀には、かつて西フランク王国だった地域の人たちに「フランス人」という国民意識は
ありませんでした。太守様とかお館様といった感じの地方領主がいて、みなその領民だったから。
ジャンヌ・ダルクが救国の英雄として大ブレイクするのは、ナショナリズムが盛り上がる19世紀に
入ってからで、彼女の伝記の多くは19世紀に書かれています。

この漫画は作品としておもしろい。が、それはそれとして。

ジャンヌ・ダルク物語を高次帯域がかかわるプロジェクトとして見た場合、
並行時空を排除した、年代記等の史料にもとづく地球人的な事実展開では、
このなりゆきはあきらかに失敗例です。
戦争で大勢の人間が死んでいるし、何より現地担当者が殉教しちゃってるし。
どんなにキビしい(針の穴を通すようにして実現確率を上げなくてはならない)プロジェクトでも、
犠牲者がこんなに大量に出ることはないし、担当者の安全は保障されるし、
こんなムチャぶりはしません。
こんなに急がせるのもありえない。
第一、そのプロジェクトが全体計画のなかでどんな位置にあるのかが不明です。
オルレアンを(イギリス兵から)解放する、シャルル(7世)を王位に就ける、そのことにどんな意味が
あるのか、現地担当者はわかってなくてもいいんですが、
高次視点で見たときに、この着地点がどこにつながるのかがわからない。
亡くなったあと、ジャンヌの名誉は回復されますが、
ヴァロア王家が領地を奪還しても、王侯方のどろどろの死闘はまだまだつづきます。
それがアメリカ大陸に飛び火し、アフリカ大陸に広がり、アジアを巻き込み・・・というか、
そもそも地球上のほとんどの地域で、暴力に訴える野蛮な闘争は恒常的にあって、
特段、そこに一石を投じるような出来事にはなっていない。
うーん・・・いったい何がしたかったの?って感じで、収拾がついていません。

それでも、地球の人たちは、史料に裏付けられているようなジャンヌ・ダルク物語の「型」を選び、
そういう「型」のデータをオンにして歴史というストーリーに組み込みます。
連帯感情でつながる仲間や、幻想共同体(一族、民族、宗教や思想を共有する信徒たち、同志たち)
のために一命を投げ出すお話が琴線に響く。
エゴがワンネスと接続していなくて閉じている人は、
こういうお話を「大きな自己実現物語」として読みますが、
エゴがワンネスとつながっている人にも、この「型」への指向があります。
作物の収穫を安定させるために火山を噴火させるプロジェクトで、ひとり危険地帯に残った
『グスコーブドリの伝記』(宮沢賢治)のブドリとかね。
堤防に開いた穴に腕を突っ込んで、町を洪水から守った少年の話とか(私は知らんのだが、
前世代の人たちの小学校の国語の教科書に載っていたらしい)。
そういう物語が刺さるの。

テラン(地球人)には、ワンネスとつながる方向が閉じている分離エゴを劇的に滅却、浄化しよう
とする傾きがあります。
これは、ワンネスへの融合コードを封印している集合システム(集合意識)によって抑圧されている
融合コード開放への欲求で、集合システムのシャドウです。
ずっと分離しっ放しなのは不自然でしんどいので、反動が働くんだよね。
ここでは詳しく書きませんが、フロイトが「タナトス(死への本能的欲求)」と呼んだのはこれです。
天使や宇宙人などの外来ソウルの人たちでも、
広域破壊のデータ(記憶)とリンクすると、集合シャドウと共振してしまうことがある。
レムリアだろうがアトランティスだろうがマルデックだろうが、それらのお話の真偽は問題ではなく、
いつの時代の出来事だろうと関係なく、広域破壊というパタンのデータがあって、
そのデータのアクティベートがテランの集合シャドウと呼応して、シャドウに引き寄せられるわけ。
この分離エゴ滅却指向のために、
多くの時空(リニア時間では大部分が過去)で高次帯域が企図したテラン関連プロジェクトは、
聖人や偉人や英雄を記録に残しただけで、拡散しちゃってます。
担当者の瞬発力で一瞬、盛り上がるんだが、祭りがすむと拍子抜けして風化していく。
結果、担当者の周囲にいた人たちとか、局限的な変化はあっても、
地球を物理場ポイントにしている多数の意識体の、ほとんどの周波数は上がらない。

どうも高次帯域では、集合シャドウの作用が不可解であったらしく、
何度も支援を試みてはポシャる、ということが繰り返されたようです(高次帯域には生滅方向をもつ
不可逆の時間はないので、単に同じプロセスが繰り返されているイメージ。Aの場面の次はBに
なるはずなのに、なぜかFに飛んでしまうので、またAからやり直す、といったような)。
でも、情報はフィードバックされてるんで、今回は同じ轍は踏まないってことで、
「分離エゴ(私、ほかの人、動植物、物、といった区別があるときの“私”意識)を明確にし、
境界線をキープして、滅却に逸(はや)るな。他者(他宇宙)との共振を急がぬように」
と勧告してきています。
ワンネスへの回路を開きながら分離方向もキープされていると、
ワンネスに開かれた方向から入ってくる高い波動は、物理像をつくっている体性感覚を変えて、
自他の分離を融合的に、マイルドにします。それが加速すると次元上昇になる。
この柔らかさは物理像の変わり易さでもあり、これまで奇蹟とされていたようなことが当たり前に
起きる素地になります。
劇的なイベントは起きにくいけど、周波数のアゲは着実で、多数の意識体に波及します。

この時機、ジャンヌ・ダルクに顕されたようなムチャぶりはまずないとは思いますが、
「地球」とか「人類」とか「日本人」といった大きなキーワードが入るメッセが来ることはあるかも。
したら、自他の区別がある“私”意識のほうもきちんとキープして、
自分サイズに落とし込むようにしましょう。
高次帯域からのお告げを平身低頭して押し頂いていてはいけません。
ポジションがちがうだけで、同じ自分コスモスの対等な波動ですから。
ムリと思ったらスルーしてもかまわない。バチなぞ当たらん。
大事なお告げなら、手を変え品を変えして、また来ます。

以下、もし指導教官がジャンヌ・ダルクの役だったら。

大天使ミシェル オルレアンにおるイギリス兵に帰ってもらって。それと、ヴァロア家のシャルルを
一応リーダーに据えたってや。
教官 はい? それ、ワイの暮らしとなんの関係が?
ミシェル 戦争やめさせたいねん。みんな疲れてヨレヨレで、荒んでるやんか。
あと、こっちの土地の精霊さんがイングランドの波動に押されてまいってはるねん。
教官 知らんがな。なんでワイなん? もっと偉い人に頼んだらええでしょ。
ミシェル あの連中は低波動でカルマまみれで、どもならん。
教官 なら隣り村のマリーでもロザリーでもええやん。
ミシェル あの子ら怖がりやし、馬に乗れん。
教官 なら言うとくけど、人を殺めるのはNGや。偉い人らの婚戚関係とか利害関係とか、
うまいこと操って、全部外交交渉でまとまるように組み立てて。
神さんを楯にして、裏で偉い人らを丸め込むくらいの役ならやってもええわ。
ミシェル しゃあないな。ほんならまず、ヴォークルール要塞のお頭のボードリクールっちゅう男に
会って、シャルルんとこに連れてけって頼んでみて。
教官 あほらし。なんでワイのほうから行かんならんの。そのボードなんとかいうおっさんが
こっちに来るように仕掛けてよ。まず、うちの村にも来たあの野盗らを舌先三寸でワイが改心さす、
その噂が広まって、ボードなんとかさんがその噂を聞きつけて、とか、方法はいくらでもあるやんか。
ミシェル ・・・わかったわ。しかし注文多いな。
教官 当たり前やん。こっちは生身の人間よ? 切られたら痛いし、ふつうに稼動するのに、
飲んだり食べたり眠ったり、シッコもウンコもせんならんのよ?
鎧のなかでシッコもウンコも垂れ流しとか、ごめんやわ。
(↑西洋式の鎧は、いったん身に着けると人に脱がせてもらうまでは脱げないのでそうなる。)

ミカエルって、おフランス読みでミシェルにするとチャラいな。
  1. 2018/01/13(土) 19:07:25|
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エゴっておもろい(追記あり)

2017.12.22(金)

『わかっちゃった人たち』という本を再読した。
本の内容は、副題「悟りについて普通の7人が語ったこと」のとおり、
スピリチュアル界の先生でも専門家でもない人たちに、悟りステージに至るまでの経緯と、
で、今どうよ? てなことを話してもらって、まとめている。
どの人も淡々としたテンションで、「たいしたことじゃないよ。とくに神秘的じゃないし」
「スピリチュアルな探究も含めて、何かに駆り立てられることはなくなった。情熱とか意欲とか、
そういうバネなしに充足している」といった話がつづく。

スピリチュアルの流派でいうと、いわゆる「非二元」の本で、2008年にオーストラリアで発行され、
2014年に邦訳が出版された。
この本の語り手のような人たちは、きっと、もっと増えてるんじゃないかな。

最初にこの本を読んだときは、「ふーん、そんなもん」てな感じで、けど先生じゃない人の話は
珍しかったし、トンデモネタもなければ専門用語も出てこず、わかりやすくて、しみじみおもしろかった。
あらためて読んでみると、随所で「ああ、そうだよね」とうなずきつつ、笑える。
どの人も、「自分」が消えていない。

7人とも、全体しかないのが当たり前になっていて、全体の一部で全体とつながっている
某という人物(語り手自身)が何か言ったりしたりしている、という在りかたになっている。
けど、ときどき、自分が戻ってくる。「私」と言う、こいつが。
なぜ、どういうわけで戻ってくるのかわからんが、ふいに「私」は戻ってきて、
でもそれは当面「私」をやっている一体性だから、混乱はしないと。
これってたぶん、「私」がミュートされたり、濃くなったりしているんだろう。

それはエゴコードがあるからだよ。notとnot“not”がペアになって踊ってるんだよ。
周波数帯(次元)のちがいからズレができて、振付が片方ずつ見えることがあるだけ。
と、私は本のなかの語り手ではなくて、
彼らの話にエゴコードのトリッキーなふるまいが表れているのが可笑しい。
not(~ではない)がそれ自身を否定しちゃう(“~ではない”ではない)のも笑える。
お笑い芸人のノリツッコミのよう。

エゴとは「私」という統覚意識のことだ。
「私」はこつ然と“私”という主体で現れるのではなく、
一体性に「これはちがう!」という否定が生じて、否定したものを外側へ対象化し、
外側ではない側が“私”として立ち上がってくる。
しかし、同時に「これはちがう!」はこの否定自身にもかかるので、
<これはちがう!「これはちがう!」> →「“これはちがう”はちがう」 →ちがわない、
ということになって、「私」と「全体」は同時に両立する。
この<これはちがう!「これはちがう!」>ってのがエゴコード。
その起原は、0(振動していない)かつ1(振動している)であるZero Point Fieldが、
0と1に分かれた0/1帯域である。
しかし、0/1の“私”意識は、同じエゴコードの作用によってZPFに還っているので、
0(振動していない)と1(振動している)は互いのちがいを認識するだけで、対立はしない。
人間のエゴも同様に、エゴコードが健全に(0/1と同じように)作用していれば、
「私」であると同時に「私」ではないことになり、「私」は「私」でない環境を認識するだけで、
「私」と環境は対立しない。

統覚意識は、全体が物質(元素)意識、動植物意識、個体(人間)意識に分かれる前の
ワンネス意識(ZPFと0/1)に起原をもつから、とてつもなく深い。
悟ったくらいじゃなくならないよ。なくす必要もないし。

「これはちがう!」と宣告して外側をつくり、その外側の環境のなかで孤立する「私」は、
意識の認識範囲を制限する。
本来、全体である意識は、「私」になったとたん、「私」がいる次元(基底次元)に閉じ込められる。
6次元の「私」は6次元しか、5次元の「私」は5次元しか認識できない。
物理像に「私」がいれば、物理像の範囲しかわからない。
「私」と言わせる“私”意識が基底次元をつくるといってもいい。
けど、「これはちがう!」自身に「これはちがう!」を宣告する融合コードが活きていれば、
「私」が全体と重なり、「私」であると同時に「私」が消失するZPFが限界範囲となる、
つまり限界がなくなるので、高低どの次元も認識できる。

なお、物理像は3次元かと思いきや、どっこいギリ4次元です。
4次元にある設計図を、3次元以下まで降りてる物質波動の周波数で変換し、
感覚(体性感覚:五感+身体内部に感じる感覚)という信号にして、
この信号で、感覚でできた立体動画すなわち“像”を構成してるから。
物理像の周波数帯域は設計図より低いけど、物質そのものではありません。
これを便宜的に3次元と言ってるけど、人間意識体の基底次元は本当は4次元です。
で、「私」を低い次元に降ろすほうが、昇るよりも、ほんとはむずかしい。

全体でありつつ、全体から分離して「私」が出現すると、
宇宙は、半身は宇宙全体でありながら、
もう半身は、何が起きるかわからず偶然に左右されるカオスに投げ込まれる。
だがこのツインがエゴコードで同時循環していれば、
全体でありカオスである宇宙は、数多の音色で響く交響楽になる。

なんかスピリチュアル界では相変わらずエゴは悪役だけど、
それは「これはちがう!」という分離コードだけが作動している、
融合コードを欠いた機能不全エゴがエゴだということになっているからだろう。

あるメジャーな宗教の教典に出てくる、みだりに口にしちゃいかん神様の名前ってのも、
ほんとはエゴコードのことなんだよね。
その神様も、私が知る限り、スピリチュアル界的にはあまりよく言われていませんが。
般若心経といい、この神様のネーミングといい、
集合システムでキリキリ緊縛してるわりにはヒントがぼろぼろ。
つか集合システムがあるためにネタバレにならんのかな。

<本のデータ>

タイトル/わかっちゃた人たち 副題:悟りについて普通の7人が語ったこと
原題/Everyday Enlightenment――Seven Stories of Awakening
著者/サリー・ボンジャース
訳者/古閑博丈
発行/ブイツーソリューション
発売/星雲社
発行年月日/2014年1月20日
価格/1,500円+税

12月23日(土)

意識が広がるとは、統覚意識“私”が広がることといってもいい。
“私”って、基底次元で環境と分離している人物(筆者なら“みけ”って人)だけじゃないのだ。
この、おなじみの“私”感だけが“私”じゃないんだよね。

①基底次元で“みけ”だけをやっている“私”(こてこて)
②基底次元で“みけ”をやりながら全体である“私”(ほどほど)
③ついに“私”が消えてしまうほど全体である“私”(ホワイトアウト・・・)

とりあえず、地球人のアセンションの着地点は、
基底次元を物理像としたときの②で、
それには、おなじみの①で閉じないで、③に開かれている必要がある。

でも、どの次元にも、この3パタンがあるはず。
どの次元にも“私”はいて、それぞれ“私”感がちがう、
って、私にはまだよくわかってないんだけど、
私的にはすごくおもしろいよ。わくわくするぜ。

そういえば「私はいる」ってのが例の神様の名前だったっけ。
  1. 2017/12/22(金) 22:49:35|
  2. ひみつの閉架書庫
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『Starry souls☆宇宙人語り』改訂版をリリースしました

2017.7.28(金)

電子書籍の制作サイト、パブーでリリースした『Starry souls』を改稿し、
改訂版にして公開しました。
このブログの右にある「出版案内2」に紹介してある本です。
このコンテンツは有料(300円)ですが、
旧版を購入された方は、まだIDとパスワードをもっていれば、
買い直さなくてもダウンロードできます。
またはwebで読むこともできます。
ボリュームは紙の本1冊分くらいです。

新たに購入される方は、パブーの案内にしたがってお手つづきお願いいたします。
『パブーのマニュアル』より 本を購入する方法について
http://p.booklog.jp/book/378/chapter/691
(ユーザー登録しないで購入する方法も掲載されています)

この本は3章に分かれていて、3人の宇宙人(意識体)が一人称で話をするという
小説の形式で書かれていますが、
内容は、登場する3人+著者の宇宙人バージョン(アリョーシャ)を情報ソースとする
チャネリング情報です。主なテーマは次のとおり。

①世界は物質でできていて、精神的なものごとは物質(脳)の反応として生じる、
と考えてきた地球人が、見たりふれたりできない領域に気づきつつある。
その意識の広がりを助ける「テラン(地球人)意識拡大支援計画」なるものがあって、
さまざまな意識体(宇宙人など)がこれに関与している。
②地球人がどのくらい非物理帯域に気づいているか(覚醒度)は個々人によって
ばらつきがあるため、①の支援計画の方針は、
一斉方式から個々人ベースの方式(アンドロメダモデル)に変わった。
③非物理存在である意識体が、高次から低次へと下降して(周波数を落として)
物理帯域と接し、物理像として物理世界を体験することがある。
それはどのようにして行われるか。
④地球人創出の経緯と、その後の展開。
地球で物理世界を体験するために、他星人が地球の猿類の一部に協力してもらって
造った“器”(=身体)に仕掛けがしてあって、
複数の恒星系因子をもつハイブリッドのヒューマノイド(人間型意識体)になった。

このうち、大きく変わったのは③と④です。以下のように、よりコアにwなりました。

・物理世界、非物理世界とも、ZPF(ゼロポイントフィールド)との関連がはっきりした。
・ヒューマノイドは物質そのもの(=元素)になりきることはできない。
 私たちが体験している物理世界は“物理像”である。
・ヒューマノイドが物理界に降りる場合、初代は(物理界からみると超高速で)進化の
 全過程をたどり、2世代目以降は初代が用意したボディにウォークインする。
 つまりソウル(魂)が輪廻するのではなく、ボディをリユースするのが一般的。
・他星人によって創出された地球人は、途中まで(前期レムリア)パーフェクトな
 ヒューマノイドだったが、その後、数奇な変転をたどり、
 短命で、外環境から栄養を摂取しないと生きられなくなってしまった。
・数奇な変転のきっかけは、シリウス人のまさかのミスにあった。
・リラ+シリウス系とは別に、プレアデス系の地球人も創出されている。
・いわゆる原始時代に逆戻りした地球人の意識操作をしていた集団と地球人は、
 相互依存関係にあった。操作していた集団が一方的に悪いというわけではない。
・地球人の意識拡大を阻害しているのは、操作集団が残していった見えないシステムを
 手放すことへの怖れである。

旧版をアップロードしたときは(2013年7月)、まだ一斉アセンションの可能性が
なくなったわけではなかったし、
私自身、まだおっかなびっくり交信している(というか感覚的にはさせられている)
ところがあって、
どうしたらこの奇天烈な内容を抵抗なく読んでもらえるのかと変に気を回したために、
常識に遠慮してチャネリングの翻訳が拙くなっているところがあります。
それでも、書き直そうという気はさらさらなかったのですが、
今年の夏至前後くらいに「改訂して7月中に公開してね」というお告げがあって、
そしたら7月に入ってパソコンが壊れるというアクシデントがあったので、
7月中はムリでしょー、と思っていたのに、気がついたら公開に至っていました。

昨秋くらいから上記の箇条書きにしたようなことが断片的にあきらかになってきて、
でも生活にも悟り方面にも直接には関係のないトリビアな情報なので、
自分が了解していればいいかな、という感じだったのが、
この改訂版に全部投入することになりました。

作業の手応えとか創る楽しみとか、そういうのとは別のスイッチが入ってたみたいで、
妙な言いかたではありますが、自分がやったこととは思えません。
これに限らず、ほんとはよろずそうなんでしょうね。
  1. 2017/07/28(金) 17:25:48|
  2. ひみつの閉架書庫
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みけ@猫科ホールディングス

Author:みけ@猫科ホールディングス
イタリアの美少年のような女(豹専務)
と同居してるGID
(ジェンダー・アイデンティティ・ディスオーダー)。
人間(♀)仕様だが
中身は外来種(宇宙人)らしい。
血液型:みけ&豹専務とも超B型。
リンクはご随意に。
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