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ソロ・パブリッシュ

エア充。

地球のいろいろな形

2018.2.2(金)

地球は球体である。いや平面だ。いや凹面だよ。球体だけど、なかは空洞なのさ。
どれも正解だよ。

「恒星」「惑星」「地球」といった単語を入力するたびに、
図鑑や映像で見た、暗い空間に浮かぶ球形の星々のイメージが浮かんで、
あれじゃないんだけどなー、けど言葉だとそう言うしかないし、と、もやもやしていた。

私の視覚(一般的な言いかたをすると人間の視覚)は奥行きを知覚できない。
物体の大きさによって遠近感ができ、この遠近感があると立体だというお約束になっているので、
自分は立体のなかにいる、その自分も立体だと思い込んでいるけど、
本当のところ、動くにつれ物の大きさが変わる面(2次元)しか見えてない。
聴覚や触覚を使うと、腕を伸ばしたら手が何かにふれた感じがするとか、
小さく聴こえていた音がだんだん大きくなって、音質も変わるとかいったことによって、
奥行き感のリアリティが増すけれど、
それもそういう変化があれば立体だというお約束になっているだけで、
生のデータとしてはさまざまな感覚の変化があるだけである。
つまり私は、次の2つの要因によって、特定の立体像を体験していることになる。
(A)視聴覚などの体性感覚の情報
(B)(A)と、その変化を定義づけるルール
たとえば、「(A)がこれこれのように変化すれば、それは奥行きである」と定義される。
(B)は私がとくに意識せずに適用した思考方法のひとつ(この場合は空間認識のしかた)で、
私の主観世界にいる人たちには共有されていると推察する(推察できるだけで断言はできない)。
いったん定義されると、(A)は(B)に沿って規格化されて認識され、
(B)が(A)の土台であるかのような転倒が起きる。
私は「奥行きを感じている」かのように思うが、奥行きは思考であって感覚ではない。

ということは、(A)(B)どちらが変化しても、あるいは両方変化することによって、
体験される像は変わることになる。

(A)は視点が変わるだけで変わる。
(A)(B)で空間を把握している私は、
世界を、いくらか凸凹のついた平面の構造物として認識している。
しかし、乗り物などでうんと上方に行けば、
足元は相変わらず平面だが、曲面になった大地や海が見えてくるかもしれない。
もっと上方に行けば、乗り物の底面は平面でも、外に球体が見えるかもしれない。
①平面の構造物、②曲面の大地や海、③球体、
(A)だけでシンプルに区別すれば、それぞれは異なる感覚からなる別々の像だが、
(B)を含む共有ルールを適用して、どれも同じで見えかただけがちがうとすれば、
平面でも曲面でも球体でも、どれも「地球」という名前で呼べる。
夢のなかや、超物理像帯域であるアストラルスペースなら、乗り物の底面なしで、
身体像の周り、あるいは“私”意識の広がりしか感じていないかもしれない。
そこで球体が見えて、(B)のルールと照合して「あれは地球だ」と思えば、
それは夢のなかの感覚やアストラルスペースでの感覚で構成された地球である。
自分は凹面の地球を見たとか、地中に空洞があるのを見たという人がいるなら、
それはそうなのだろう。
「本当の地球」というのは、(B)の定義を幾重も重ねてできた概念である。

もしフラットアース説(地球平面説)を主張するなら「私にはそう見えますが」というだけで十分で、
NASAがデータを隠したり改ざんしたりして球体だと信じ込ませている等の、いわゆる陰謀論で
補強する必要はない。
着地点が「本当の地球」という公理の転換にあるのなら、そのサイエンスに依拠する追究姿勢は、
むしろNASA的ではないかしらん。

(A)を変化させる視点は、“私”の視点である。
だから、観察者/創造者である“私”意識が観察のポイントを変えればそれは即創造であり、
(A)が変化し、別の像が開く。
視点が変わるとは、(A)の様相が大きく変わって、別のスペース(場)に移るということである。
実際、身体の姿勢をちょっと変えただけでも景色は変わる。
そのことは(B)に染まっていると当たり前すぎて意識すらされないが、
別のスペースがONになるという飛躍的なことが起きている。

それは次のような見かたにも通じる。
ここに、ある問題があるとする。
それが悩ましい問題なのは、問題としてとらえる視点からとらえているからであって、
視点がそこ以外のどこかにズレれば、問題ではなくなる。
(問題を問題としてとらえる視点は1つだが、それ以外のどこかはたくさんある。)
そのようにして、すべての問題は問題ではない。
問題を問題だととらえることすら、問題ではない。
そのようにして、問題は問題にするのをやめると自然消失する。

宇宙とは、図鑑や映像で見たあれではなくて、(A)がつくる像のことである。
幽霊が見える人には、幽霊は存在する。「だっているし」という根拠以外、根拠はない。
それは目の前にマグカップが見えるのと同じだ。
もし幽霊が見えるのは脳の器質や機能とか、磁場とかのせいだすると、
マグカップのほうも脳の器質や機能や磁場などによって見えている可能性がある。
また、私とは(一般的な言いかたでは人間とは)(A)が異なる動植物は、それぞれ独自の宇宙を
観察しているだろう。ある動物が感じる地球は、三角形で構成される四面体かもしれない。
そのことが中二病的な理屈とか精神世界チックなドリームとして理解されるのではなく、
端的にスッと腑に落ちると、感覚できる範囲は五感+身体内感覚を超えて広がる。
(B)の定義は、法則ではなく見解の1つになり、拘束力がなくなる。
サイキッカーとは、自覚があってもなくても、場合により(B)をミュートできる人のことである。
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  1. 2018/02/02(金) 19:52:43|
  2. フィロソフィア(愛知)
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イタリアの美少年のような女(豹専務)
と同居してるGID
(ジェンダー・アイデンティティ・ディスオーダー)。
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中身は外来種(宇宙人)らしい。
血液型:みけ&豹専務とも超B型。
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