FC2ブログ

ソロ・パブリッシュ

エア充。

エゴの復元(追記あり)

2018.4.7(土)

“私”という当事者視点の意識は、輪郭であり、中身はありません。
透明な器といってもいいでしょう。
この輪郭、器は、渾然一体状態からはじきだされて対象化された外側の総体であり、
外側ではない側として輪郭づけられる。つまり輪郭を決めているのは外側(対象)です。

“私”という輪郭、器は、さまざまな周波数帯域で、
外側(対象)によって輪郭づけられると同時に外側を出現させ、
それらすべてを自分に起きていることとして感じながら、
当事者視点の世界像にまとめ上げています。

物理像であれば、皮膚で区切られる自分の身体像や、その内部として感じられる感覚、
他の人の像、動物の像、植物の像、物体の像などを区別しながら、
自分視点の1個の世界像として構成しています。
マインド帯域であれば、経験記憶や知識からなるさまざまな思考、
重さや密度や速度などが異なるさまざまな感情、気分を、それぞれ区別しながら、
自分視点の1個のマインド世界像にしています。
ちなみに物体の内部構造とか、身体の内部器官、分子からなる化学構造などは、
画像を撮るとか切り開くとか拡大するとか、そういう特定の視点をとったときに
開けてくる像です。

“私”は身体像ではないし、特定の経験記憶でもなければ、感情でもありません。
それらを見ている者です。
「見ている」というのは象徴的な表現で、経験記憶や感情などを感じて認識し、
人から聞いた話と自分の行動記憶を識別し、
明朗で晴れやかな感情と薄暗くもやっている感情を識別しているということ。
見ている者=“私”は、見られている側によって輪郭づけられながら、
見られている側を認識し、識別し、配置して、トータルな世界像にします。
“私”というのは、そういう形でさまざまな周波数帯域の世界像を創造している創造装置です。

この輪郭、透明な器である“私”意識が、本当の意味でのエゴです。
これはZero Point Fieldから分かれた(ZPFを外側に対象化した)0/1帯域でできた鋳型で、
どれだけ大勢の人がいても、この“私”という装置の型は1つしかありません。
精神世界一般では、記憶とか気持ちとか、何らかのコンテンツと一体化した“私”をエゴと
呼んでいるみたいだけど、
身体像や思考や感情と密着している当事者意識は、
“私”の出どころである0/1帯域やハイアーセルフに開通しておらず、
かわりに思考や感情とつながっているわけだから、
特定の思考や感情に憑かれた状態であって、“私”ではありません。
“私”は、いついかなるときでも、見ている意識、認識している意識、観察している意識です。
それは唯(ただ)の輪郭、器、認識意識で、何ものにも乗っ取られていません。

ふだんから、自分がどのような状態であるか(当事者視点の世界像のありさま)を、
心のなかのおしゃべりになってもならなくても、「見ている」クセができると、
0/1やハイアーからまっすぐ降りている、この“私”意識がわかります。
心のなかのおしゃべりにならないときでも、「見る」という姿勢、視線の向きがあると、
言語化されなくても、“私”の認識、観察意識は働きます。
最初のうちは、この感じがつかめなくて、
瞑想して思考や感情が通過していくのを認識したり、
作業の優先順位を決める前とか、何かの決断をする前とか、
何らかの機会に意識的に練習する必要があるかもしれませんが。

常に「見ている」“私”意識とは、一般的にいわれる「自意識」とは全然ちがいます。
自意識は、マインド帯域で利害関係とか支持の多少とかを想定して、
(想定した劇場に関連する不特定多数の)他人の視線や言動によって、
自分の立ち位置を評価しようとする心理で、
この心理が働いているとき、“私”は、他人の評価とか、その背景になる集団の評価などに
乗っ取られています。つまり自意識には中身があって、
“自”意識といいながら、その中身は他人の意見のコピペでできています。
自意識が強くなっているときというのは、他人の視線や言動をすごく気にかけています。
「見ている」“私”には、そのような中身はありません。
実感的にいうと、周りの景色、いろんな感覚に、ただ視線だけが通っているという感じ。

私たちは、人との会話でも、心のなかのおしゃべりでも、
「私はこう思います」とか「あのとき自分はこうしたはすだ」とか、さかんに一人称を連発しますが、
「見ている」“私”にはそういう自己主張感がありません。
自他をきちんと区別しながら、対象にも“私”感が波及して包み込んでいる感じで、
“私”の視線の出どころが無限遠点になっていて果てがない。
なので、これが「エゴを手放した」状態と呼ばれるのかもしれませんが、
じつはこの無限遠点こそが本当のエゴです。

エゴという言葉の語源はラテン語や古代ギリシア語の一人称で、
私はたまたま古典語専門の先生が発音するのを聴いたことがあるのですが、
こりゃほんとに人間語かと疑いたくなるくらい、衝撃的にきれいでした。
でも、私と縁のあるentityチームがことさらにエゴという音にこだわるのは、
これらの古典語をさらに奥に遡ったところの音源に関係するらしい。
古い日本語の「ワレ」「ワ」(我・吾)もイケてますが、
意外にも、これは「エゴ」よりはるかに烈しい、天から大槌を振り下ろすような音だそうです。
そういえば、驚いたときとか、人をおどかすときの音声は「わ!」だよな。ってどうでもいいが。
ほかの言語の一人称にも、それぞれサウンドに特色があるのでしょう。

それはさておき、四六時中「見ている」“私”意識が通っている透徹状態になると、
マインドに何らかの起伏があっても、状況に対して適切な対処ができるようになります。
たとえば、取引先から突拍子もないおデンワを頂戴して、
「はぅわ? 知るかよ、それくらいてめーでなんとかしろや!」
と、心のなかで咆哮し、アドレナリン駆け巡ったとしても、その起伏は起伏として放牧しつつ、
その起伏とは別に直感的なヒラメキが降り(←ここがキモ)、適切に処理できてしまいます。
これは「怒りを鎮める」のとはまったくちがいます。鎮める手間がはぶけるといってもいい。
また、「この場の空気に逆らってでも異議申し立てするべきか、しばらくようすを見るか」
と、心のなかで行きつ戻りつする決断局面でも、迷ったり緊張したりしているままで(!)、
なぜか自然に最適な行動が起きます。
「これは(いわゆる)エゴの声か、それとも高次からのお知らせか」
といった判別で悩む必要がなくなるのです。
思考も感情もいわゆるエゴの声だろうが、全部のノイズを否定せず、自由に泳がせながら、
“私”はその輪郭を通してフォースを具体化していきます。明快だ。

4月9日(月)

そんな、四六時中、自分の考えてることや行為を観察するなんてムリ! と、
最初は「思う」かもしれない。私もそう「思って」いた。
観察する、見ている、というのは、言葉だとそう言い表すしかないんだけど、
「把握する」ということとはちがうのだ。
「把握する」のは、よく、自分の習慣的な考えかたや動作を直そうとするときに行われるが、
言葉やイメージで明確に固定する必要もなければ、直す必要もない。
操作せず、批判せず、批判が生じたらその批判も批判しない。
それは頭の隅の隅で、ごく軽く、注意が向いている、という感覚に近い。

最初のうちは、
「電車が来るまでの間、自分の姿勢、ちょっとした動き、思い浮かべることを観察していよう」
といったふうに、意識的な起動や集中を必要とするかもしれないし、
観察しているうちに自分の考えを追ってしまって、観察視点を見失うかもしれない。
しかし、そういうことを何度も繰り返すうちに、
自分の身体感覚、考え、気持ち、気分の背後に、何か膨大なバックグラウンドがあるのが
わかってくる。見ている「眼」は、そっち側にある。

とにかくこの種のことは、スポーツや技芸の体得に似ています。
包丁でじゃがいもの皮をむくコツ、縄跳びの二重跳びのコツをつかむのと同じです。
スポンサーサイト
  1. 2018/04/07(土) 22:30:58|
  2. 新世界への回帰
  3. | トラックバック:0

トラックバック

トラックバック URL
http://solopub.blog103.fc2.com/tb.php/777-9bb571fe
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

みけ@猫科ホールディングス

Author:みけ@猫科ホールディングス
イタリアの美少年のような女(豹専務)
と同居してるGID
(ジェンダー・アイデンティティ・ディスオーダー)。
人間(♀)仕様だが
中身は外来種(宇宙人)らしい。
血液型:みけ&豹専務とも超B型。
リンクはご随意に。
連絡も不要です。

出版案内3

『ようこそ☆ゼロポントフィールドへ』をパブーで電子出版しました(無料)。「この本を開く」ボタンをクリックするか、ファイルをダウンロードしてお読みください。

出版案内2

『Starry Souls ☆ 宇宙人語り』の改訂版です。

出版案内1

『多次元対談・宇宙人といっしょ』をパブー (PC等で読める電子本)で出版しました

最新記事

カテゴリ

三毛猫亭日乗 (116)
社説 (65)
ひみつの閉架書庫 (109)
デムパ話 (129)
超デムパ話 (72)
新世界への回帰 (108)
アセンションについて (8)
実現のメタフィジクス (5)
仮想集合システム (10)
次元上昇 (26)
デムパなメソッド (16)
ナチュラルトランス (12)
ナチュラルトランサーの特徴 (1)
フィロソフィア(愛知) (23)
この女(ひと)を見よ (31)
不思議なお店 (7)
RTLF (1)
未分類 (42)
ブログをご覧になる方へ (1)
音楽 (3)

最新トラックバック

ぞろ目が出るかな?

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: