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ソロ・パブリッシュ

エア充。

スプリットとその先

2018.8.8(水)

以下は、私の主観世界即宇宙に映像や音声、画像、文字で入ってきている
マスメディア情報の話である。
昭和のむかし、心霊や超能力をテーマとするテレビ番組が、一視聴者として見る限り、
とくに検証の視角を差し挟まずに、夏の定番ものとか流行(ユリ・ゲラー氏の来日など)を
背景としたエンタメのひとつとして、比較的のんきに放映されていた時期があった。
前世紀の終わりには、地下鉄サリン事件など一連のオウム真理教関連事件の影響で、
マスメディアは「オカルト」に対して慎重になり、この種の制作物は下火になって、
とり上げる場合には批判的視点を入れるというお約束みたいなものができあがっている
かに見えた。
ところが、私は一、二回、チャンネルを替えるついでにしか見たことがないが、
「オーラの泉」という番組がはじまったくらいから徐々になし崩しになって、
それでも批判的論調と併立させてバランスをとっていた(?)感があったのが、
いつのまにか批判的論調を置いてきぼりにして、「オカルト」コンテンツは復活していた。
「オカルト」はしぶとかった・・・。

批判派の論拠は現代の自然科学のようであったが、
物質還元主義というのは科学というよりは思想で、
自然科学者たるもの、この思想に立って研究せねばならんと決まっているわけではないし、
さらには、前世紀以降の自然科学は、仮に「すべての事象は物質に還元される」とすれば、
「では物質は何に還元されるのか?」「物質の向こう側はまだ物質なのか?」
という域に入って、19世紀のころのような明快な解が出ず、諸説紛々としているのである。
マスメディアのうえで批判的論調が「オカルト」に抗しきれなかったのは、
マスメディアが視聴率や部数を上げるために要求する単純なわかりやすさを忖度して
しまったせいかもしれないが、
自然科学を魅惑的にしているその未完成性を封じて、
教科書的な自然科学観の提示に終始しためであるように思う。
結果的に、「学校でそう習ったし、みんなそう言っている」的な漠とした多数派意識に立って、
心情的に「オカルト」を嫌っている(これは好き嫌いの問題であって、まちがっていない)、
とくに科学的でもなければリアリストでもない視聴者層、読者層に迎合する形になって、
失速してしまった。

先日、UFOのエンジン音(?)を「ゆんゆんゆん・・・」という擬音で模してUFOを呼ぶという
武良信行(むらのぶゆき)@武良ラムゥ(宇宙名)氏をテレビで拝見していて、
私のマインドで、そんな記憶がリニア時間形式で、走馬灯のようにフラッシュバックしてきた。
また、数日前のネットのニュースで、北海道のどこかの町では真昼間からUFOが飛来、
町の多くの人たちが目撃し、馴れっこになっているとの話を動画つきで見た。
前世紀末からゼロ年代にかけてであれば、
武良さんのような方がマスメディアに出演すれば嘲笑、いじりの標的になっていたと思うし、
そのような町での現象がニュースとしてとり上げられることもなかったのではないか、
と思うと、なにやら感慨深かった。

高次情報によれば、「2016年秋~2017年は、客観世界(仮想集合システム)のシステムを
暗黙に絶対条件として受け入れている意識(人)と、そのシステム性、仮構性に気づいて
離脱可能としている意識(人)との決定的分離、スプリットの時期であった」そうだが、
私には、そうそう、そうだよね、とうなずけるような実感はない。
しかし、それはここが分岐点だったと特定できないだけで、
気がついたらいつのまにかそうなっていたという形で、スプリットは起きていると感じる。

「オカルト」を嫌いな人がいなくなったとは思えないし、批判もなくなったわけではない。
もっと堅実で丁寧な批判コンテンツも、探せばあるかもしれない。
しかし私のマインドの印象では、「オカルト」に寄る人と、そこから距離を置く人とは、
もうお互いに相手にしていない感じがある。
split(裂け目、ひび)は広がり、距離ができ、交わらず、棲み分けの状態となったような。
両者は出合っても、互いに「あ、そうですか」と目礼してすれちがっていく。
両方とも、それぞれの関心ごとに専心していて、相手を説得したり巻き込んだりしなければ
ならないような集合体、<ザ・社会>を、もはや想定していない。

一方、「オカルト」を是認する側の受け入れかたは、昭和のむかしとはちがう。
昭和のむかしには、「オカルト」はどこか「遠野物語」的で、異界の非日常色が濃厚であった。
超能力者とか霊能力者というのは、何か特殊な能力をもつ別世界人という扱いだった。
でも昨今の「オカルト」は、これはネットの普及でネット的になったといってもいいと思うが、
何かの拍子に誰でも当事者になりうる現象として語られるケースが多い。
自分は霊が見えるとか、幽体離脱するとか、スプーンを曲げられるとかいった人が巷にいる。
意図して発揮できるのではないが、UFOを見たとか、亡くなった人に会ったとか、
何らかの不思議現象に遭遇した経験がある人を含めれば、
さして珍しくもないかもしれない。
また「オカルト」を是認するといっても、「そういうことがあってもいい」「面白い」とエンタメ寄りで
接している人から、自らヒーリングだのチャネリングだの異界人コンタクトだのにハマり、
自宅にクリスタルとかオラクルカードとか楽器のチューニング目的ではないチューナーなどが
当たり前のように置いてあったりする人まで含まれ、温度差がある。

ところで、スプリットは「オカルト」を是認するか否かによってではなく、
仮想集合システムである客観世界を暗黙に絶対条件として受け入れているか、
言い換えるとこれを疑わないか、
それとも客観世界の仮想システム性に気づいて離脱できるとしているか、によって
起きたのであった。
だから、「オカルト」にとくに関心がなくても、客観世界を前提とする諸法則から逸れる現象を、
思考や感情で排除せずに現象として認める意識(人)であれば、
否応なく離脱サイドに振り切ってしまう。
ただ私見であるが、「オカルト」免疫ゼロで離脱サイドに向かうケースは稀有だと思う。
かなり思考が柔軟な人でも、人が誕生して成長して成熟して老化して死ぬ、とか、
自分が知覚できない場所というのも存在していて何らかの出来事が起きている、
といったような、日常感覚にぴったり張り付いている、というか、
見えないところで当たり前の日常感覚の柱や梁になっている時空間シバリには、
非常に気づきにくいからである。
反対に、「オカルト」に通じていても、客観世界の仮構性に気づいていなければ、
それに気づくまで客観世界の枠内にいて、
客観世界の時空間法則で動く日常に、ときおり「オカルト」の非日常が射し込むという
二重性にとどまるだろう。

長々と「オカルト」の動向について述べたのは、
「オカルト」現象では客観世界の法則を逸脱する「メタ」フィジクスが顔をのぞかせるからである。
だが「オカルト」の知識や、記憶化した不思議体験の多少は、
スプリットの起因とは関係ない。

客観世界の仮構性が見えたその先に、統一見解というものはない。
なぜなら、そこはもう「誰にとっても同じ」客観世界ではないからである。
統一見解とか正統とか主流とかいう尺は、
「誰でもわかる」「誰にでも伝えられる」ことを前提とした客観世界の思考である。

現に、上述の温度差分布で高温度帯にいる人たちは、私もそうだけども、
それぞれ勝手なことを言ったりやったりしている。
一部の高次entityは、<人類>という仮想カテゴリを借用して<地球惑星人>に変容する、
つまり客観世界を脱して地に戻ったら自然に惑星人としてのまとまりができる、
という構図を描いていたが、
あにはからんや<人類>の地はそこまで均質ではなく、むしろ坩堝だったのであるよ。
渡り鳥だったら、ある時機を感知すれば一斉に飛んで渡るけれども、
<人類>は渡り鳥みたいにはできていないのだ。
といっても、ずんずん高次に昇っていけばどうせワンネスに帰してしまうんだけど、
かなり高くならないと、そのちがいは大枠に統合されず、
いわば古今東西南北あらゆる種類の音楽が混在していて、
「音楽」という概念をもってきてはじめてひとつにくくれるような状況なのである。
これはべつに嘆かわしい状況ではない。
変に予定調和に走ると本音を隠したいびつなまとまりになってしまうんで、
自分の宇宙色をごまかさずに、ありのままに観察/創造することがキモなのだ。
本当のワンネスを響かせるのは、個々のわがままである。

と、ここまで書いておいて、
「でも、さ、契約書とか支払いとか健康保険とか家族とか、いろいろ、
社会のインフラは依然として客観世界デフォルトで機能してるじゃん?
なら、ここから抜けたとしても、各人が自分宇宙の道理に沿って好き勝手やってたら、
これに替わるしくみが立ち上がらないんじゃないの?
だとすると、意識は仮想集合システム(客観世界)から離れたとしても、
物理像(物理世界)では依然としてインフラ部分で客観時空に制約されて、
かえって生活しづらくなるんじゃないの?」
と訊いてみたら、
「“私”に先んじるどんなしくみも存在しない」
「社会、社会のしくみ、制度、慣行などは、マインド(主に思考)で解釈し編集した
物理像の存続、運営を目的とするマインドの産物で、物理像ではない。
物理像は“私”が体性感覚を総合して観察/創造している像で、
唯(ただ)そのようにあるだけであり、いかなるしくみもなく、制約もない」
「マインドに組み込まれた仮想集合システム(客観世界)を通して解釈、編集した
物理像の像を管理して、像じゃない物理像をコントールした気になっているのは
マインドに組み込まれた仮想集合システムなんだから、
このシステムをはずせば管理は終わる」
「仮想集合システム(客観世界)なしの本来の個体即宇宙に回帰してから
それに替わるしくみを立ち上げるとか、立ち上がるはずだとかって、
泳げるようになったのに浮き輪を探してるのと似てないか?」
・・・等々、高次屋さんたちの全方位一斉送信にペッタペタにやられてしまいました。
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  1. 2018/08/08(水) 16:03:07|
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イタリアの美少年のような女(豹専務)
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(ジェンダー・アイデンティティ・ディスオーダー)。
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中身は外来種(宇宙人)らしい。
血液型:みけ&豹専務とも超B型。
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