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ソロ・パブリッシュ

エア充。

マスターヒラリオンからのメッセージ

2018.12.31(月)

マスターヒラリオンからのメッセージ。

存在は人生の断面(瞬間、あるいは場面)ではない。
存在と、人生は、クロスしない。
人生は、存在が夢を見るときの、無数にある夢見の方法のひとつ。
あなたがたが地上にいて見られる夢は、それだけではない。


ヒラリオンは、神智学協会のアリス・ベイリー氏つながりの七賢entitiesのひとりらしく、
私はそういう系にはまったく詳しくないのですが、
なぜか私周りではウニキス@アルデバランとパイプがあるらしいです。

言われてることは、
「存在する」と「人生を生きる」はまったく別のステージで、
「人生を生きる」は、たっくさんある「存在する」やりかたのほんのひとつにすぎない、
ということですね。
「人生を生きる」とは、誕生して、育って、成人して、職業に就いて、家庭をもって、老いて、
死ぬ、という、
場面が記憶化して積み重なっていく累積線形時間思考によるストーリーとして
物理像とマインドを体験していくやりかた、そういうゲームです。
誕生から死までの線形時間展開中のアトラクションは人によりさまざまですが、
どの体験もストーリーを前提に解釈され、ストーリーに回収されていきます。
一方、「存在する」とは、特定のストーリーやプロットにとらわれずに、
物理像(濃い感覚)、マインド(中くらいの感覚)、さらには高次ゾーン(微妙な感覚)をも
体験していることです。「存在する」の主語は「私」です。
前後関係(時間思考)や相互関係(空間思考)は観察と創造の道具で、
使っても使わなくてもいいし、どう使うかも自由です。キマリはありません。

存在は人生の断面ではない、とは、
①過去、現在、未来という時間思考をしているときの「今」すなわち直近の過去場面は、
時間思考が暗黙の前提となっているときのとらえかただから、
その「今」には存在は感じられないということ。
時間思考の枠のなかにいて時間思考を超えるものを知ることはできない。
②人生をやってる最中に、ハッ、と気づきがあっても、
それを人生の運営に応用する、という使いかたをすると、
それはやっぱり人生を生きているのであって、人生という制限から脱してはいない。
という、2つのことを意味しています。

かつては、地球と呼ばれている物理場で物理像(濃い感覚)を体験するには、
客体‐空間‐時間思考システムをインストールして「人生を生きる」ことが必須でした。
たとえ自分が思考システムによる制限を超えて「存在する」ことに気がついても、
それをわかったうえで敢えて制限された人生をやる必要があった。
なので、②のような形が限界だったわけです。
「かつて」というのは思考システムのなかの時間思考に則った言いかたで、
今昔問わずそういうスタイルはあります。
時間思考をはずして言えば、
一定数の人が②で可能性が閉じている世界にフォーカスしているということ。
しかし、もう自分が「存在する」ことに気づいた人は、敢えて人生をやる必要はない、
人生に制限されない数多の可能性世界に跳ぶことができます。
「地球物理場で物理像を体験しながら、思考システムをはずしてしまう」あるいは、
「思考システムのインストールなしに地球物理場で物理像を体験する」ことができます。
もちろん②のスタイルをやりたければやってかまいません。

何の制限もなく単に「存在する」のは無為自然な状態で、
それを封印して決まったプログラムにしたがう、
プログラムの枠内だけがすべてと思い込む、というのは、
特異で、複雑な思考工程を必要とする高度なワザです。
また「存在する」から「人生を生きる」へと絞り込んでいくより、
「人生を生きる」からもとの単純な「存在する」に戻るほうがずっと易しい。
でも「存在する」ことへの気づきはプログラムを走らせまくってるただなかで起きるから、
回帰にシフトすると、あれこれ勉強したりしないといけない気がしたり、
セミナーや対人セッションなんかをやってる人が雲上人みたく思えたり、
体外離脱ができないとか明晰夢が見られないとかでがっかりしたり、
精神世界的なこと、あるいは特定の流派に反発を覚えたり、
「進歩」のない自分を責めたり、などなど、マインドが千々に乱れることもある。
それはプログラムを通して、「“存在する”に至る道」を見ているからです。
なーんだ簡単だった、ということは、
あるとき、あっけなく「存在する」になっていたときにわかります。
自分はそのままで完璧である、いつだって完璧だったということは、
完璧になってはじめて見えるっていう、そういうムカつくからくりwになってるの。

でも「存在する」のはすばらしいけど、「人生を生きる」のはくだらないとか、
「存在する」に振り切った人はエラくて、「人生」をやってる人はアホだとか、
そんな優劣は全然ありません。
どちらも夢、どちらも遊びで、
ただ「人生」のほうがテクニカル的に手が込んでいるというだけ。
「存在する」に戻るタイミングとかきっかけは個々人でちがっていて、
早いとか遅いとかも関係ありません。
その兆候(サイン)は、「人生」上の成功や失敗、幸不幸が霞がかって見えてくることです。
このソフトフォーカス加減は、そこがターゲットじゃないぞ、っていうお知らせ。

・・・というようなことを、私は2017年12月ごろに記事にしようとしていて、
ああそうだ、何もかもホーリー(holy:神聖)なのだ、という清々しい気持ちで、
そろそろこのブログも終わりにしていいのかな? という瞬間がありました。
ところが、その直後にベト9の4楽章みたく「ちげえよ終わってる場合かよ」的な
怒濤のチャネリングが入って、2013年の主題が再来したかと思いきや、
後半は仮想集合システム(客体‐空間‐時間思考システム)に張りつきっ放し、
その締めくくりに次元上昇という、2017年夏に蜃気楼と思えたものが明瞭になり、
最後に17年末につながるようなヒラリオンのメッセージ。
なんなのよこのUFOのジグザグ飛行みたいな流れ?
個人的には、ずーっと忘れていた、10代のときに知りたかったことがわかったり、
10代のときにかなえたかった願いごとがかなったりもして、
もう時間思考も空間思考も木っ端微塵です。
そんなわけで、年が改まるという実感ゼロなのですが、みなさまごきげんよう。
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  1. 2018/12/31(月) 22:10:30|
  2. 仮想集合システム
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イタリアの美少年のような女(豹専務)
と同居してるGID
(ジェンダー・アイデンティティ・ディスオーダー)。
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中身は外来種(宇宙人)らしい。
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